鳥の囀りでノエリアが目を覚ますと、部屋に明るい光が差し込んでいた。今日も良い天気だった。顔を洗い、入念に身支度を済ませた。そして、活動を開始する。
 まず畑で野菜を収穫。引き続き薬草畑も確認、手入れ。
 馬小屋のペルラに挨拶をし、収穫した野菜を少し食べさせる。村で飼葉を買ってきたらしいのだが、何日保つのか分からないので、畑のものを食べて貰う。
 籠にあれこれと野菜を入れていると、馬の様子を見に来たのか、リウが畑に来た。

「おはようございます。ノエリア殿。早いですね」

「リウ様、ご機嫌いかが?」

 リウの茶色の髪と青い目は、太陽の光がよく似合う。眩しいなと感じるのは外見だけでなく彼の笑顔も。

(シエル陛下はどちらかというと月光が似合いそう)

 シエルの黒髪と緑の瞳を思い出して、顔を赤らめた。ノエリアは見られたくなくて空を見上げた。つられてリウも見上げている。

「いい天気ですねぇ。お手伝いしましょう」

「ああ、そんな。野良仕事なので……汚れてしまいます」

「平気です。お持ちしましょう。ああ、陛下はまだ眠っているんですよ」

「ゆっくり眠れるのはいいことです」

 手に付いた土を払って、ノエリアは立ち上がった。リウが収穫物の入った籠を持ってくれた。正直、とても助かる。
 そのまま屋敷へ戻る。リウは籠をキッチンへ運んでくれた。昨夜、シエルたちの部屋に置きっぱなしにしてきたワゴンも戻っていた。彼が片付けてくれたのだろう。

「マリエ殿が、朝食は部屋にお持ちすると言ってくれましたが、陛下がまだお休みだし、俺はダイニングで皆さんと一緒にと思っているんです。よろしいでしょうか」

「陛下がまだお休みなのでしたら、そうしてください。リウ様と朝食なんて、逆に皆が喜ぶと思います」

「では、俺はダイニングへ行っていますね。次は、マリエ殿を手伝って来よう」

(ふふ。マリエとも仲良くしてくださって、嬉しいな)

「ありがとうございます。陛下の朝食は、のちほど、わたしがお持ちしますので」

「宜しくお願いします」

 行きかけたリウが足を止めたので、どうしたのだろうとノエリアも手を止める。

「ノエリア殿」

「はい?」

「今日はなんだか違って見えます。更にお美しい」

「え、あ……ありがとうございます……」

 片目を瞑って、合図を送るリウ。ノエリアは、なぜそう言われたのか心当たりがあるから、急に恥ずかしくなった。
 赤くなりながら、リウの背中を見送り、ノエリアは収穫した野菜を洗う。隣のダイニングで、マリエはテーブルセットをしているのだと思う。しばらくすると、笑い声が聞こえてきた。

(どんな楽しい話をしているのかしら)

 ノエリアは微笑ましく思いながら、マリエが下拵えをしてくれていた料理を続けた。
 準備が整うと、シエルの分をワゴンに乗せて部屋まで運ぶ。
 後れ毛が乱れていないか気になって耳にかかった毛を撫でつける。深呼吸をして、ドアをノックしようと手を挙げる。そこで、ドアが細く開いていることに気付く。

(話し声が聞こえる。誰かいるのかしら)

 ノエリアは耳を澄ます。やはり、話し声が聞こえる。ヴィリヨが尋ねてきたのだろうか。ドアから顔だけを入れて聞き耳を立てると、シエルの声だった。

「お前、ひとりなのか? 名前はなんという」

(誰と話をしているの?)

 ぐっと背伸びをしてベッドのほうを見る。すると、体を起こしたシエルが、猫のハギーを膝の上に乗せている姿が見えた。

「お前と話せたらいいのにな。ひとりで寂しくないのか?」

「ニャァオ」

「俺の言葉が分かるのか?」

「ンーナ」

 その時、ノエリアの足下の古い床が音を立てる。

「誰だ」

「あ、すみません。ノエリアです。朝食をお持ちしました」

 ドアの隙間から頭だけ入れた状態で見つかってしまった。ワゴンを運び入れる。ハギーがシエルの膝の上で欠伸をしている。

「見たな」

「……ハイ」

 ノエリアが答えると、シエルは頭を抱えた。顔が赤い。その様子を見て、思わず頬が緩む。

(良かった。体調は良さそう。傷が治ってきている証拠ね)

「お好きなのですか? 猫」

「嫌いではない。王宮にもいた。子供の頃の話だが。老衰で死んだ」

「そうでしたか」

 嫌いではないなどとはぐらかしているけれど、亡くなった猫のことを、可愛がっていたのだろう。

「この白猫、名前は?」

「彼はハギーといいます。どこからかやってきて居着いているんです」

「猫ってそんなもんだよな。そこがいい」

 ハギーはシエルを見上げて喉をクルルと鳴らしたあと、膝から降り、朝食の乗ったワゴンに手をかけた。

「あ、だめよ、ハギー。あなたの分はあとであげるから」

「いや、かまわない。一緒に食べよう。ハギー」

「ニャオ」

 まるで言葉が通じているかのような一人と一匹だった。ハギーはシエルのそばに戻ってくる。

(なんか、ふたりとも一気に仲良くなっちゃって……言葉も通じているみたい)

 ワゴンからテーブルへ朝食をセットすると、シエルは「これ食べるか?」と肉を切ってハギーに差し出した。ハギーは匂いを嗅いだあと、シエルの手から美味しそうに食べた。