「む、無理です……」
「どうしても?
ねぇ、どうしてもだめなの?」
一歩一歩と後ろへ下がる私に、ジリジリと歩み寄ってくる。
声のトーンは低くなり、口調もさっきまでとは全然違う。
舌なめずりをして、じっと私のカバンを見つめる林くん。
逃げなきゃ。
前に十夜さんに言われた通り、早くここから立ち去らなきゃ。
そう思って背を向けた瞬間。
「逃がさないよ」
「っ!!」
ぶるっと背すじが凍るほど冷たい声と、掴まれた腕から一気に体が冷えていく。
「俺が易易逃がすと思ってんの?
ばかだね」
そう言ってくるっと私を正面に向け、吐息がかかるほど顔を近づける。
「どうせあのクール執事に渡すんだろ?
あんな女子に囲まれてヘラヘラしてるやつに渡すくらいなら、俺にちょうだいよ」
ヘラヘラですって?
私が生きる意味を失っていた時、命を助けてくれた。
泣いてつらい時もただそばにいてくれた。
私を喜ばせようと、大学生で時間だってないはずなのに、好きな物まで作ってくれた。
そんな温かくて優しい人が、女子に囲まれてヘラヘラ?
笑わせないで。



