きみとなら、雨に濡れたい




立ち止まっていた足を再び動かして俺は歩き出す。視線の先には柴田が見つめていた紫陽花。

色は深紅色(しんくいろ)。一番濃い赤とも言われている鮮やかな紫陽花は、曇天の空の下ではよく映える。


紫陽花の色は品種によって違うわけではなく、どうやら土の酸度によって決まるらしい。

酸性に近ければ青、アルカリ性に近ければ赤。

つまりこの町の土はかなりの濃度があるアルカリ性ということになる。


一年ほど前までの紫陽花は、ごく一般的な青紫色をしていた。でも雨が降るようになってから町の紫陽花はすべて深紅色に染まった。

それもまた環境省の人が調べにきたけれど原因は分からなかったようだ。


実はその理由も俺だけは知っている。

簡単なことだ。ただの雨ならば空気中に二酸化炭素を吸収しているから酸性。一方、人の涙はアルカリ性。

そう、この降りやまない雨は普通の雨ではなく、人が流す涙と同じ成分なのだ。


――『ねえ、千紘くん。〝水飴症候群〟って知ってる?』

彼女が話してくれた嘘のような本当の話。


水飴症候群と漢字で書いて、読み方はドロップシンドロームと読むそうだ。


この町にはそういう現象があると、彼女は今の未来が見えていたかのように話してくれた。

空から降る雨は涙のように少しだけしょっぱく、そして水飴のような光沢のある雨粒が町を濡らす。


もしも、この雨が本当に人の涙ならば、これは俺のものかもしれない。

彼女を失って空っぽになったあの日から、心の中はずっとどしゃ降りの雨。声が枯れるまで泣いたというのに、悲しみだけは色褪せることはない。