「風も吹いてないのに壊れたの?」

今日は木々も揺れないほどの無風だ。


「そんなこと言われても知らないよ。たぶんこれ私の傘じゃない。私のは買ったばかりの傘だったし」


つまり昨日の帰りに傘立てから運悪く壊れかけの傘を持ち帰ってしまったということらしい。

まあ、よくある。同じビニール傘でも目印がないことをいいように新しい傘っぽいやつを選んで自分のものにするヤツもいるから。


「だったら、あのピンク色の傘を使えばよかったんじゃないの?」


きっと柴田はあの傘だったら乱雑に放り込まれている傘立てには置かないだろうし、ビニール傘より圧倒的に耐久性はありそうだ。

すると、柴田はまた不機嫌になった。

言葉には出さなくても〝アンタのせいで使いにくくなった〟みたいな顔をしていた。


美憂の傘なんじゃないかと、たしかに俺は柴田に聞いた。

でも、そもそも柴田が美憂のことを知っているわけがないし、柴田の返事は『誰それ』だった。

だから別に使いにくくなる必要も、次の日からあからさまに傘を変えてくる必要もない。



――本当は、美憂のことを知っているじゃないの?

雨音に便乗して吐き出そうとしたこと。


でも、それを邪魔するように後ろでバシャッ!と猛スピードの車が通って、俺は言葉を飲み込んだ。