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「さーくらさんっ」

「あら薫。どうしたのですか?」



アルバムをめくっていた私の肩に手を乗せたのは、あの日の"狼男"薫。

あの日以降慕われるようになり、今では同じ便利屋で働いていた。



「……おや、その写真は」


ピョコピョコと狼の耳を動かしながら、彼は1枚の写真を見つめた。



「私と薫が初めて出会ったときの写真ですね」

「懐かしいですね。あの日はご迷惑おかけして……」

「ふふ。もういいのですよ」



あの話が出る度に薫は、申し訳なさそうに眉を潜める。

あの日あんな暴言を吐いていたとは思えないほど、今では優しい好青年になったものだ。

さっきまで嬉しそうに動いていた耳が垂れているのを見かね、私は違う話題を振った。



「薫。あの少年の事を覚えていますか?」

「勿論です。あの子とても可愛らしかったですものね。

怖い目に合わせてしまった自分になついてくれて、凄く嬉しかったのを覚えてますよ」



また耳がピョコンと動き、単純ですねと言って笑う。


そして再び写真に目を移す。


私と薫の間には、あの日の少年がいた。




「……彼、名を何と言ったのですかね」




ふと、薫が呟いた。


……私たちは、あの日の少年の名を知らない。


何故なら……常世で名を名乗った人間は、現世に戻れない決まりがあるからだ。


私の母は、それを知らずに常世に縛り付けられた一人。



別れ際、彼が名乗ろうとしたのを二人で必死に止めたのが懐かしい。