圭介の怒りの声。
さっきまでいなかったはずなのに、今は隣にいる。

はぁ、はぁ…と息を切らしながら、私の首に腕を巻き付けて抱きよせている。


「けい、すけっ…?」

「…走って、逃げてんじゃねぇよ…」


珍しく、息を切らせて胸で呼吸をして
汗ばんだ腕で私をしっかりと捕まえている。


そして、目の前にいる北山さんはというと…フッと小さく笑って「俺帰るわ」と、普通にスタスタと歩き始めた。


「・・・は!?」


そのあまりにも普通すぎる態度に、怒っていたはずの圭介も呆れ声だ。


「あ、圭介を別れたらいつでも俺がもらってあげるからね」


……はぁ、なんだそれは…


「あげねぇよ!真希は俺のだわ!」


北山さんは圭介に笑った、かと思えばヘルメットをかぶりながら私に軽く微笑んで「お手軽な幸せでごめんね」と言って、バイクに乗って帰っていった。


お手軽な幸せ、か。
それは私に巻き付いたこの腕とか、さっきの言葉たちだったのかな…


「意味わかんねぇ…」


残された圭介はわけわかんないみたいだけど、私にはわかるよ。

いつもなら暑さに負けてぐだっとしてる圭介が、息まで切らせて私のところに来てくれたこと。
私を抱き締めてること。
そして、さっきの言葉たち。

なんでだろうね。どれもこれも大したことないけど
今の私の胸はとっても温かい。


「……真希、さっきの公園のことだけど…」


北山さんのバイクの音が聞けなくなると、圭介がそう慎重に慎重に話し始めたけど、なんだかその慎重さが今の私にはおかしくなっちゃって、笑ってしまった。


「な、なんだよっ」

「そんなの、言わなくてもわかってるからいいよ。
告白みたいになっちゃっただけでしょ?」


わかってるよ。
圭介は、私と付き合ってながら他の人に告白するような人じゃない。
私はもう、そんなことに振り回されたりしない。

…ただ、たとえ昔の話だったとしても自分の彼氏が他の人に「昔好きだった」なんて言ってるのを見たくなかった。
ただそれだけだよ。


「ちゃんと圭介の気持ち、わかってるから大丈夫だよ。
帰ろっ」

「真希は?」

「え?」

「真希は、俺のこと好き?」


なんでかわからないけど
この人はそんなことを私に聞いてくる。

俺のこと好き?なんてどういうつもりで聞いてくるんだろう。
もしかして、私の気持ちが全然伝わってないのか…?


好きじゃなかったら、先輩後輩に戻ろうってなったところで終わってると思うんだけど。
そこから『圭介の一番になる努力をする』なんて結論を出して圭介と今もこうしてカレカノを続けてることはないんだけど…

そこらへん、ちゃんとわかってないのかな。


「……聞いてる?」

「好きでもない相手のために、親戚の家まで来るわけないじゃん」

「え?」

「毎日毎日家に行くわけないでしょ。
……好きじゃなかったら、こんな近くにいるわけないでしょ。

聞かなくてもわかっててよ、バカ」