『花恋、一緒に遊ぼう!』


私は、夢の中で女の子になっていた。


小学校高学年程の、まだ何も知らない頃の無垢な少女。


『いいよ、優希!私の家に来てよ!』


この頃も髪が長かった花恋は、髪の毛をなびかせながらそう言った。



花恋に連れられて少女の私が向かった先は、彼女の家。


『ピアノ、弾いてあげる』


頼んでもいないのにそう言った花恋は、嬉しそうにてくてくと自分の部屋へ向かって行った。


私はその後を追いかけ、一緒に部屋に入る。


私がドアを閉めた次の瞬間、既にピアノに向かって座っていた花恋の指が動いた。


流れる様なその指は、美しい音色を生み出していく。


『わあっ…!』


私はただ、花恋の奏でる曲に耳を澄ませていた。



この頃の私は、まだ何も知らない。


これから数年後に最愛の兄が居なくなる事も、家では男として生きる事も。


徐々に私の中の全てが男1色に染まっていく事も、やがて私が全てを諦める事も。


そうして遂には色が無くなり、誰かの望む色に染まっていく事も、希望を全て失う事も。


まだ、小さい私は何も知らない。


(このまま、何も知らずに大人になりたかった)


これが夢だと気づいている私は、そう心の中で呟く。