(そこまで聞く必要ある?…何なの、あの人)


「いや、別に……無いけど」


廊下からでも、五十嵐がしどろもどろになって言い訳をしている様子が目に浮かぶ。


「『無い』?嘘つけ、お前俺らに何隠してんだよ!…小学校低学年だって分かる文も、まともに読めないくせに」


五十嵐の、息を飲む音が聞こえてきそうだった。


「なっ…!?」


“誰か”が五十嵐にとってタブーな一言を放った瞬間、私は我慢出来ずに戸を開けた。


(誰か分かんないけど、今の台詞は酷いよね)


“優希”として、みっちり叱ろうと思いながら。



「えっ……」


ドアを開けてまず最初に見たのは、窓際で胸ぐらを掴まれている五十嵐と、その五十嵐の胸ぐらを掴んでいる、


佐々木だった。


(えっ、佐々木?)


五十嵐は、私の目を見た途端に顔を逸らし。


佐々木は、振り返って私を見た途端に顔を強ばらせた。


(嘘、佐々木じゃん!)


佐々木との心に残っている思い出は、1つしかない。


私が彼にからかわれ、花恋と一緒に言い負かした、私としては初めて男子に言い返したから誇り高くもあり、恥ずかしくもあり、何より初めて学校で男になってしまった、あのエピソードだ。


「そっか、佐々木か……」


つい先程、“優希”として叱ろうと思っていたけれど。