それから15分程は経っただろうか。


壁に体を押し付け、泣いたせいで濡れた目を瞬きながら映画を見ていた私は、とうとう自分の座席に戻る決断を下した。


本当は、ここで映画を観ていたかった。


映画のスクリーンが大きくて、見上げるのが大変だなんて関係ない。


誰も私の存在に気付かないから、思う存分泣けたし、1人だけの視点で映画も観れる。


けれど、ママにはトイレに行くと言ってしまったから。


流石に、ママを心配させてこちらまで来させるのは嫌だ。


だから、私は戻らなければならない。


「ふうーっ…」


私の深呼吸も、全て映画の音声にかき消される。


ママの元に戻ったら、“勇也”になる。


もう、何も、誰も私を助けてくれないと分かったから。


もう、淡い期待はしない。


とにかく、自分で決めた事-兄の演技-を、貫き通すだけだ。



「…母さん、前通るね」


私が出て行った時と同じ姿勢で映画を観ていたママは、ちらりと私の方を見て道を開けてくれた。


「…ありがとう」


聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の声でお礼を言い、私は自分の座席に座って映画を観始めた。


その時、丁度映画の中では遥が舞のことを忘れてしまっていて。


泣きそうになりながらも、それでも自分の事を説明し続ける舞。