私の本音は、あなたの為に。

けれど、私は五十嵐が1度決めたら考えを曲げたくないという一途な性格の持ち主だと知っているから。


私は、彼の隣の椅子に座って根気強く教え続ける。



「ほら、ちゃんと見て。これ、“退治”って読むでしょ?」


「えっ……“退治”の、“じ”が無いよ」


五十嵐は眼鏡を掛けたり外したりして、あるはずの文字を探している。


「ここだよ。“じ”って、あるじゃん」


「…何か、ぼやーんってしてる…そっかぁ、“じ”って読むのかぁ…」


そこまで独り言の様に呟いた彼は、はっとした様に私を見た。


私の存在を、忘れていた様だ。


「あぁぁっ!安藤今の忘れて、俺がぼやーんって言ったの忘れて、全然ぼやけてなんか無いから!」


私は、きょとんとして彼の顔を穴が空くほど見つめた。


「そんなに、懇願する事?…別に、字がぼやけた事は悪い事じゃないと思うけどな」


そう言って、笑う私。


「…そうだけど。…俺にとったら、安藤が思ってるよりも字が読めないのって大変だから」


急に静かになった図書室に、五十嵐の冷たい声が響く。


彼の鋭い目つきは、私の身体を射抜いた。


それは、夏の到来で暑くなりかけている私の身体を冷やすのに十分で。


「あっ……何か、ごめんね」


五十嵐のタブーな部分に触れてしまったと勘づいた私は、間髪入れずに謝る。