またある時は、偶然が戯れを引き起こす。
準備を終えて、会議室から出て来た珉珠と、歩いていた由弦は、出会い頭にぶつかりそうになった。
互いにびっくりして、「ごめん」「すみません」と同時に謝った。
その時由弦は、一瞬、眩暈を起こし、珉珠に寄りかかりそうになった。
「大丈夫ですか!」と珉珠。
「何でもない」
珉珠から視線を外すと、遠くに慶太の姿が見えた。
由弦は、珉珠に思わず抱きついた。
「……!!」
体を強張らせた珉珠、そして、離れようとした。
「お願い、じっとしてて」
珉珠の耳元で囁いた由弦。
思わず、珉珠は由弦の胸元のスーツの襟をぎゅっと握り締めた。
近付いて来た慶太は、その光景を見るなり、
「何やってんだ!!由弦お前っ!」
珉珠から由弦を強引に引き離し、由弦に思い切り殴りかかった。
由弦は床に崩れ落ちた。
呆然とする珉珠。
「大丈夫か?珉珠君」
珉珠の肩を抱いて、気遣う慶太。
「は、はい」
珉珠は震えていた。
あの慶太が由弦に暴力を振るうなんて……二人の関係がどんどん壊れて行くような気がした。
「震えてるじゃないか!お前最低だな!お前のような獣の傍に彼女をおいておく訳にはいかない!」
由弦は慶太の顔を見上げ、ニヤリと笑った。
眩暈を隠すため、珉珠に抱きついたはずが、いいタイミングで慶太が現れたくれた。
あえて慶太を挑発した。
ゆっくりと立ち上がり、由弦はその場を立ち去った。
「あ……」
珉珠は声も掛けられず、去って行く由弦の背中を見つめていた。
―――― あともう少しだ!あともう少し。母さん、もう少しだけ待ってて。
慶太が珉珠を庇う姿が、目に焼き付いた。
珉珠の傍にいるのは自分じゃない。
由弦の心の中に、虚しさと共に、口の中に血の味が広がった。



