「――――まずい!」


 クレールが珍しくあわてて叫んだ。


「何があるの?!」


 僕がそう聞くと、彼は腰の剣を抜きながら答えた。




「アエーシュマだ!」




 洞窟から急いで辺りを見渡せる砂浜まで出てみると、辺りは薄暗くなっていた。夜になるにはまだ、早すぎる時間なのに。

 あんなに晴れていた空が、どんどんと雲が厚くなり、黒い雨雲を引き連れ。まるで嵐の前触れのようにその黒い雲が太陽を隠している。地面はビリビリと振動を続け、沖の方の津波の白い波線が早い速度で岸に向かってくるのが見えた。

 次の瞬間、地鳴りと共にこの世のものとは思えないような唸り声が、空気を震わせた。

 それはまるで、悪魔が降臨したような耳障りな叫び声。


「今の、何……?」


 僕のその疑問に答えたのはクレールだった。


「アエーシュマの叫び声だ……きっともう、近くにいる」


 恐ろしい断末魔のような叫び声に、足が震える。姿はまだ何処にも見えないのに、恐怖が体を侵食してゆく。

 身体中が震え、心臓がバクバクと音を立てて鳴っていた。


「急いでお爺さんの所へ戻らないと! みんなが被害に遇う前に非難させなくちゃ!」


 レイがそう言って駆け出そうとしたのを、クレールがひき止める。


「だめだ! 今動いたら巻き込まれる!」


 混乱する僕たちを嘲笑うかのように、津波と共に海からアエーシュマが姿を現していた。


 その姿をどう表したらいいのだろう。

 海から出てきたアエーシュマは、何者でもなかった。