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田崎 優音(たさき ゆうと)くんと出会ったのは、5歳の頃。

私は母に連れられて、音楽教室でピアノを習っていた。

その時、同じ時間帯に隣の教室でバイオリンを習っていたのが、彼…ゆうくん…だった。

私たちのレッスンの間、ロビーで待つ母たちは、同い年の子を持つ母としていつの間にかママ友になり、他愛ない会話に花を咲かせていた。

その会話は、私たちのレッスンが終わっても尽きる事がなく、母たちがおしゃべりを続けるのをいい事に、私たちは毎週、レッスン後に1時間ほど仲良く遊ぶようになっていた。

「ゆうくん、鬼ごっこしよ。」

「奏(かなで)ちゃん、いいよ。」

私たちは、音楽教室のロビーで、通路で、空き教室で遊んだ。

ゆうくんは、かけっこがとても早かったけど、絶対に私を置いてきぼりにする事はなく、いつも離れすぎると走って戻って来てくれるから、すぐに捕まえる事ができた。


そして、6歳の春、私たちは同じ小学校に入学した。

初めての教室で、緊張して座っていると、隣の席に来た男の子に元気よく声を掛けられた。

「おはよう! 奏ちゃん!」

「ゆうくん! おはよう! ゆうくんの席、
ここ?」

「うん。」

「お隣だね。やったぁ!」

私たちは、隣の席にお互いを見つけ、喜んだ。

私たちは、ずっと仲良しだったし、私はなぜだろう、ゆうくんとは永遠に一緒にいるものだと思いこんでいた。


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私たちの関係が変わったのは、中学へ上がってしばらくした頃だった。

私は、隣の小学校から来た同じクラスの河合 恭子(かわい きょうこ)と仲良くなった。

恭子は、中1の5月、突然私にこんな事を言った。

「ねぇねぇ、田崎優音(たさき ゆうと)くん
って、かっこいいよね!?
私、好きになっちゃった。」

私は、何と言っていいか分からず、

「そう?」

とだけ答えた。


私は、ずっと一緒にいるのが当たり前だったゆうくんのルックスをそれまで全く気にした事がなかった。

言われてみれば、中学入学時、すでに170センチ近い身長があり、黒目がちな大きな目は長い睫毛に縁取られて男の子にしておくにはもったいない程綺麗だったし、すっと通った鼻筋も笑うとにっこり上がる口角も好印象を周りに与えていた。


私は、この時の恭子の言葉を聞いて、初めて、

私も ゆうくんが好きなんだ…

と自覚した。

これが私の初恋だった。


ゆうくんは、小学校の頃から、運動会では、毎年リレーの選手に選ばれていたが、彼は陸上部の執拗な勧誘を断り、私と同じ吹奏楽部に入部した。

私はフルート、彼はトロンボーンを選び、毎日部活動に励んだ。





恭子は、とても積極的な子だった。

初めの頃は電話やメールで直接ゆうくんにアプローチしていたようだったが、全く ゆうくんに取り合ってもらえず、そのうちに私とゆうくんが仲が良いと知るや、私に仲立ちを頼むようになった。

「かなで〜、お願いがあるの〜。
田崎くんに手紙書いたけど、自分では
渡せなくて…。
お願い! 奏から渡して♡」

優柔不断で断ることが苦手な私は、恭子にもゆうくんにも自分の気持ちを隠したまま、手紙をゆうくんに渡した。

「ゆうくん、これ。」

「何?」

「恭子に頼まれたから…」

ゆうくんは、私の手にある封筒を一瞥すると、

「いらない。返しといて。」

と言って、去って行った。

今までに聞いた事がない、とても冷たい声だった。


ゆうくん、怒った?

いつもの優しい ゆうくん じゃない事に驚いて、私は悲しくなった。

こんな事、引き受けなきゃ良かった…。


しばらくして、全くデートにも応じてもらえない恭子は、複数人で出かける計画を立てるようになった。

私を含め、6〜7人位で、買い物、祭り、花火、勉強会…と色々な所に誘った。

恭子と2人だとOKしない ゆうくん も、大人数だと出掛けるようだった。

私も誘われるままに出掛けていたが、ゆうくんとは、なんだか少しギクシャクしていて、小学生の頃のようには話せなくなっていた。

それでも、ゆうくんと同じ空間にいる事は、とても心地よく、後ろからそっと眺めるだけで心満たされるのだった。



そして、そんな関係が3年続き、私たちは高校生になった。

ゆうくんは、とても頭が良く、県内で1番偏差値が高い高校に進学した。

私は、地元ではそこそこの公立高校に進学した。

恭子は……
ゆうくんの高校と最寄駅が同じ高校に進学した。

恭子は思いのほか一途で、ゆうくんと出掛けるため、高校に入っても年に数回、中学のメンバー数人を集めて遊ぶ計画を立て、誘ってきた。

私は、高校生になってもピアノを続けていたけれど、ゆうくんは中1でバイオリンをやめてしまったから、音楽教室で偶然会う事も無くなっていた。

だから、恭子のおかげで、年に数回会う事が出来るのは、とても嬉しく、毎回ドキドキしながら参加していた。

自分から行動を起こさなければ、何の進展もないのに、見ているだけで、心が充電されていくように、ほっこりした。



そんな私たちの関係は、大学生になっても続いた。

ゆうくんは、東京の1番頭が良い国立大学に進学し、私は地元の国立大学に進学した。

恭子は東京の私立の女子大に進学した。

東京に行っても、恭子とゆうくんの関係はあまり変わる事はなかったようだ。

そのため、長期休暇になり帰省するたびに、恭子は相も変わらず、私たちを誘って出掛ける計画を立てていた。



大学3年の冬休み、私たちは、初詣でに行った。

大勢で歩きながらも、私はいつもゆうくんを気にしていた。

「優音(ゆうと)、お前、卒業したらどう
するの?」

ゆうくんの親友の将也(まさや)が聞いた。

「こっちに帰ってきて、就職するよ。」

「おっ! 俺もそうするつもり!
そしたら、頻繁に呑みに行けるな?」

将也は北海道の大学に通っていた。

私は、ゆうくんが1年後には帰って来るつもりだと知って、嬉しくなった。



ところが、その一ヶ月後、そんな私の所に、恭子から電話がかかってきた。

「かなで! 聞いて!!!」

「何?」

「私の初恋、ようやく実ったの!」

私は意味が分からず、返事もできなかったが、興奮した恭子は、構わずまくし立てた。

「だからぁ!
今日、バレンタインだから、田崎くんに
チョコあげに行ったの!
そしたら、田崎くんが私と付き合っても
いいって言ってくれたの!!!」