私は完全に視界から【男】を消した。


三鷹裕也だけを見ていれば、罵られることも暴力を振るわれることもない。


なにもなければ、私を愛してくれる。


私だけを愛してくれる。


腕の不自由な私を、甲斐甲斐しく気遣ってくれる。


そもそも、腕を折ったのは裕也のせいだというのに。


そのことを忘れるほど、いつしか私は裕也に洗脳されていった。


彼以外なにも目に入らない。


彼以外はなにも存在しない。


私にとっての全ては彼だけ。


そんな奴隷のような私に、声を掛けてくる【彼以外】も居なくなっていた__。


はずだったのに。


「渚、なんか久しぶりだな」


廊下で声を掛けられても、私は素通りする。


たとえそれが先生でも、私の耳には入らないんだ。彼以外の声が。


それなのに、ふと立ち止まってしまったのは、耳に馴染みがあったからか?


ふと立ち止まった自分に驚き、心臓が早鐘を打つ。


こ、こんなところを裕也に見られでもしたら⁉︎


慌てて駆け出そうとした私の腕を、彼以外の彼が掴んだ。


「ちょっと待ってって」


「は、は、離して‼︎」


喉が締め付けられ、立ち眩みがした。


彼以外の男と手が触れている。


もし裕也に見られでもしたら、私は間違いなく殺される‼︎


恐怖に慄(おのの)く私の目から、涙が溢れる__。