どうにか彼女を説き伏せ、風呂場に押し込んだ。
 戻って来た彼女はもちろんすっぴんで。普段から化粧は薄いけれど、完全なすっぴんを見ると、何度でも昔を思い出す。

 元々僕と彼女は高校の同級生で、あの頃見ていたのはすっぴんだった。当時接点はほとんどなかったけれど、三年間同じ空間にいたのだから、それなりに記憶もある。だからまるで昔に戻ったような気分になるのだ。


 そんなすっぴんでほかほかした彼女は、思い出したように買い物袋をあさり、巾着袋を取り出した。その中に入っていたのはクリームやスプレーや布。これは今日買って来たものではなく、持参したものらしい。

「靴みがいてあげるよ」

 彼女は満面の笑みで言ったけれど。

「なにもこんな時間に、しかも風呂上がりにしなくてもいいのに」

「いいからいいから。バレンタインだしね」

「バレンタインと靴みがきって関係ある?」

「いいからいいから」

 今度は僕が説き伏せられ、風呂場に押し込まれた。

 まあ、正直靴をみがいてもらえるのは助かる。営業職であちこち歩き回るし、最近は雪や雨も多くて靴が汚れていた。
 でもどうしてよりによって風呂上がりに……。手も汚れるし、身体も冷えてしまうじゃないか。


 不思議に思いながら風呂を出ると、彼女も玄関から戻って来て「戸締りもしてきたよー」と平和に笑うから。とりあえず今は些細な疑問より、冷えた彼女の身体を温めてあげることに専念しようと思った。