騎士団長のお気に召すまま

「大声を出さないでくださいよ、こんな場所で!必要以上に注目を浴びるでしょうが!」

「すまない、予想もしていなかったことで、つい」


ヘンディーは悪気なさそうに謝るが、シアンは「つい、では済まされませんよ」と怒りを露わにする。


「それよりも、挨拶がまだでしたね」


歯を見せて笑うヘンディーは、アメリアに改めて自己紹介をした。

胸に手を当てて、紳士らしく会釈をする。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、アメリア嬢。私はヘンディー・オルレアンと申します」

「我がアルメリア国の由緒ある伯爵家の跡取り息子です」


まるで町人のような屈託のない笑顔を見せる彼が、まさか伯爵家の跡継ぎだったとは。

シアンが心を許す友人ともなればそれ相応の人物だとアメリアは思っていたが、予想していたよりも凄い肩書きを持つ人物との出会いに緊張感が高まる。


「それにしてもとても美しいご令嬢だ。こんなにも綺麗なひとには出会ったことがない」


ヘンディーはそう言うと、アメリアの頬を撫でて「惜しいですね」と悔しそうな顔をする。


「もしあなたがシアンの婚約者でなければ、僕はあなたに求婚していたのに」

「えっ?」


アメリアは突然の申し出に目を見開いた。シアンは不機嫌な顔をして「人の婚約者を口説かないでください」とその手を叩いた。

ヘンディーは「痛いなー」と叩かれた手を振りながら笑う。

どうやらヘンディーの言ったことは冗談らしく、一瞬でも本気だと捉えてしまった自分が情けないと悔しい思いだった。


「それにしても驚いた。まさか女嫌いのシアンが婚約するなんて」


「結婚はしたくないとあれほど言っていたのに」と意地悪く笑うヘンディーに、シアンは「これも貴族の宿命です」と溜め息を吐く。