わたしと専務のナイショの話

 



 朝もやの中、車は学校に着いた。

 のぞみが卒業した、坂の上にある高校だ。

 ……坂の途中で、ミドリの虫に目潰しを食らったりした高校だ。

 テニスコートの前に車を止めた京平は、
「降りろ」
と言う。

 のぞみが言われるがまま降りると、朝の空気は、まだ、ひんやりとしていた。

 わー。
 全然変わってない、とのぞみはすぐ側にある校舎を見上げる。

「坂下」
と京平が呼びかけてきた。

 振り向くと、校舎と同じように、教師時代から、まだあまり変わってはいない京平が、

「坂下――

 俺と結婚してくれ」
と言ってくる。

 ……もう結婚しました。

 そう突っ込みたかったのだが、なんだか涙がこみ上げて来て、なにも言えなかった。

 此処に立っているせいか、まだ、京平が教師のような気がして。

 先生、なに言ってんですか、と思う。

 もしかして、これ、ハッピーバレンタインッ! のお返しですか、とも思う。

 でも、やっぱり言葉にできなくて、のぞみはただ、涙をこらえて、うつむいていた。