その日、学校は朝から、なんとなく落ち着きがない気配。今日は11月22日、いよいよ松本先輩来校の日だ。


今日は通常授業だから、6時間目終了後、私達は講堂に集められ、松本先輩のお話を聞く予定になっている。


昼休みになると、チラホラとマスコミの姿が、学校の周囲に見え始めて来た。ウチの学校は、甲子園の強豪だったし、昨年のちょうど今頃にあった松本先輩のドラフトの時、そして今春の先輩の卒業式の時の取材なんて、凄まじいものだった。


でも今の1年生は、そう言う状況を体験してないから、早くも騒ぎ始めちゃって、先生たちが懸命に抑えに回っている。


そして、私の橫にも朝からずっと落ち着きがない人が約1名・・・。


「ねぇ由夏、大丈夫?」


「うん、大丈夫・・・だよ。」


今朝から、何度この会話をしたことか。


今日のセレモニ-で、本命と思われた生徒会長が歓迎のスピ-チを担当することになった為に、なんと由夏が花束贈呈の大役を承ることになったのだ。


やりたいと思った子はきっと何人もいたんだろうけど、自分で手を挙げたのは、たぶん由夏1人だったんだろうな。物事、とりあえずはなんでも言ってみるものだと、つくづく教えられた。


その図々しい・・・いや強心臓の持ち主も、さすがに本番を迎えるに当たっては、朝からガチガチに緊張しまくってるっているというわけ。


「なに、柄にもなく固まっちまってるんだよ。ちょっと行って、花束渡すだけじゃねぇか。安心しろ、松本さんは可愛い子、奇麗な子をわんさか見慣れてるんだ。お前みたいのが出てったって、ガッカリされることはあっても、関心引くことなんかありえねんだから。」


「おい、いくらなんでも言い過ぎだ。」


そんな由夏に相変わらず憎まれ口を利く塚原くん。さすがに沖田くんがたしなめるけど、いつもなら三倍返しくらいの勢いで言い返すはずの由夏が、言われっぱなしで黙ったまま。よっぽど緊張してるみたい。


「ま、すっころんで、全校生徒の前で恥かかないように注意しろよ。」


何やら捨て台詞のようなモノを残して、塚原くんは離れて行く。由夏の塚原くんへの物言いもどうかと思うことがあるけど、塚原くんの方もちょっとひどいなぁ。


と思いながら、由夏に視線を戻した私は、一瞬息を呑んだ。


(由夏・・・。)


泣いてる。由夏が、うつむいて、間違いなく涙を・・・。


「聡志って、そんなに私のこと、嫌いなのかな・・・。」


ポツンとつぶやいた由夏の言葉が私の耳に入って来る。


「由夏・・・。」


「ゴメン、大丈夫。なんでもない、ちょっと顔洗って来るから。」


作り笑いでそう言うと、由夏は教室を出て行ってしまった。


(なんで泣いてたの?由夏・・・。)


初めて見た由夏の涙、それも教室で・・・。私はなぜか、見てはいけないものを見てしまったような気がしていた。