車は、私のよく知る大きな通りを通って、あっという間にアパートに着いた。
無言のままそれでも小川さんは車を降りて見送ろうとするから、

「もう、ここで大丈夫です! すぐ目の前ですから!」

と引き止めた。
これ以上負担をかけたくない、面倒臭いと思われたくない、その一心だった。
小川さんはいつもの笑顔ではなく冷静な目で、

「そうですか」

と、あっさりシートに戻る。
自分で望んだことなのに、小川さんとの距離が一層遠くなった気がした。
あんなに楽しかったのに、もしこのまま別れたら、もう二度と元には戻れないような危機感に襲われる。

「気をつけて」

私が車から降りると、ハンドルにもたれて私を見上げるようにして言った。

「ありがとう……ございました」

ためらいながら閉めたドアは弱々しく動き、それでもバタンとしっかり閉まった。
これで終わり? 本当に終わり?

軽く会釈して、小川さんが車を動かした。
アパートの敷地から出ようとして一度停まって、左右を確認している。

足は、自然と動いていた。
小川さんがやってきた車を一台やりすごしている間に駆け寄り、泣き出しそうになりながら運転席の窓ガラスをバンバンと叩く。

「あの!」

走り出そうとした小川さんが、慌てて車を停めて半分だけ窓を開けてくれたから、しがみつくようにして告げる。

「連絡先、教えてください!」

多分少し、声は震えていた。
固まっていた小川さんは、車のポケットからポスト型のふせんメモを取り出してさらさらとペンを走らせる。

「はい、どうぞ」

いつもの笑顔だった。

「ありがとうございます!」

結局車を降りた小川さんに見送られて、私は部屋に戻った。
ベランダから手を振ると、小川さんも手を振り返してから運転席に戻り、今度こそ帰って行った。

車が見えなくなってしまうと、見慣れたいつもの景色が日常へと引き戻す。
ぼんやりとした街灯が照らす道を、たまに車が通るだけの住宅街。

頑張ってよかった。
このメモがなかったら、すべて妄想だったと思ったに違いないから。