泣いてはいない……と思う。
今日は本当に最低最悪の日で、大小さまざまに嫌なことがあった。
私に非のあること、非のないこと、いろいろ。

仕事でのミスは全面的に私が悪い。
一口も食べていないヨーグルトを床に落としてしまったことも、私に責任があると言っていい。
だけど、訪ねてきたお客様に「場所がわかりにくい」って怒鳴られたり、不安定に積んであった段ボール箱が上から落ちてきたのは、私のせいではないと思う。
それから、予定より早く毎月のアレがやってきて下着ごと買いに走ったのも、パソコンの調子が悪くなったのも、ひとつひとつはちょっとした不幸だ。
だけどそれが全部一度に降りかかってみると、イスから立ち上がれないほど辛かった。

極めつけは、今、雨に打たれながら歩いていること。
梅雨は短い地域だけど、グズグズした天気は続くから傘を忘れたりなんかしていない。
会社を出たときは水玉模様のビニール傘をしっかり手に持ち、傘越しに降る雨を見て、「涙雨……」ってつぶやいたくらいだ。
バスに乗ってぐったりシートに座ったとき、少し邪魔な位置に傘を置いてしまったことだけは、私にも責任はあったかもしれないけれど。

私は毎日バス通勤だ。
車は持っているけど、職場には従業員が停めるスペースはなく、近くに借りるとかなり料金がかかるから。

バスに乗ってから20分。
降りる予定の停留所の3つ前で、一番うしろに座っていたおじさんが停車ボタンを押した。
走るバスの中を、カバンの中から定期を出そうとしながらふらふらと歩いてくる。
そしてバスが停車。
荒い運転ではなくてもそれなりにバスは揺れた。
おじさんはよろけて、必死に脚を踏ん張った。
バキッ!
踏ん張った先は、私の傘の上……。

「あ」

驚いてそれしか声が出せず、おじさんを見つめた。
おじさんも「まずい!」って顔で私と傘を交互に見下ろす。
呆然として動きを止めた私に対して、呆然としたままおじさんは再び歩き出した。
申し訳なさそうにバスを降り、窓越しに悲しげな視線を送ってくる。
バスは走り出し、おじさんの姿は見えなくなった。
残ったのは、くの字に折れ曲がった水玉模様のビニール傘。