あんなに涙を流す愛菜ははじめてだった。
トイレから戻り居酒屋へ行く途中、愛菜の様子を伺ってたけど、やっぱり元気がなかった。

今日は少し風が吹いて夏の残りの暑さを感じずにいた。
最寄りの駅は居酒屋が並ぶ路地があって
ここら辺の人は大体この路地のどこかで飲むことが多い。独身時代はよく来ていたなと思い出した。

僕にとっては理沙子のことなんて
そんな独身の頃の一人に過ぎないけど
その時、その瞬間にいない愛菜は思うところあるんだろうな。
愛菜が高校生の頃を深く話さないことも
両親の、特にお母さんの話もしないことも
僕は気にしなかった。

いや、話さないことに何も思わなかった。
愛菜は僕の過去を気にしはじめてる。
それは確実だ。
話した方がいいのだろうか…

考えをめぐらせてる間に居酒屋に着いてしまった。

「部長たち、また個室にしたらしいよ」
加賀くんが僕の肩をポンポん叩きつつ呆れた顔で言った。

個室というのはほかの部署の愚痴大会になる。
もしかして、そのために愛菜を?…

「だから、愛菜ちゃん連れてきたかったんだー
よろしくね、愛菜ちゃん!」

「ん…よく分からないけど、頑張ります!」

僕の予想通りだった。
大丈夫かなと不安になってきた。