階段を下りエントランスを出れば、歩道に寄せてハザード点滅させた黒のセレナが停まってる。
 スライドさせた後部ドアが開くと、二列目シートの窓際に遊佐。ギンガムチェックのシャツをTシャツの上に羽織り、だっぷりしたワークパンツのラフな格好で。

「はよ、宮子」

「おはよ」

 少し眠そうな遊佐の隣りにあたしも乗り込み、やがて榊が静かに車を発進させた。

「でさ。会長のお祝いナニにすんの?」

 こっちを向いたジャニーズ系の顔は、いつ見ても到底やくざの息子とは思えない。鼻筋通ってて、あっさり目だけどどっか甘い雰囲気で。
 長めのクセっ毛をワックスで遊ばせて、今はアッシュ系のカラーリング。ただの気分でしょっちゅう色を変える。 
 金髪だった時なんてホストにスカウトされて、一時期そんなコトもしてたっけ。愛嬌と人懐っこさで、腰掛けだったのにナンバースリーの座に居座ってたよね。

 そうそう高校の時もさ。その能力を遺憾なく発揮して、先輩も後輩もあちこち喰い散らかしたりとかねぇぇぇ。思い出した。アレ、あたしにバレてないとでも思ってた?

 じっと見返したら、「・・・なに?」って、視線がちょっと慄いてる。
 今年で二十五歳。オトナになった分、男気も色気も増量してるし、何せあの哲っちゃんの息子なのよ? 来るモノ拒むイキモノに育つハズがない。・・・・・・絶対ない。

「宮子? どした?」

 よっぽど険しい顔付きにでもなってたか、不意に隣りから覗きこまれた顔。
 なんか無性に腹が立ったから。がっしり両手で掴まえて、そのまま唇を奪う。
 向こうがちょっと引きかけたのだって絶対に離してやらない。すると観念したように、遊佐はあたしの頭の後ろに手を回し、抑え込んで深いキスを繋げた。
 一週間分の。逢えなかった間のあたしの気持ち全部、受け止めてよね。

 遊佐のキスは柔らかくて。音楽で言うとワルツ。・・・みたい。
 ずっとスローステップ踏んでる感じで、なんかこう。もうちょっと欲しいなって中毒性があるっていうか。・・・じわじわと煽られるっていうか。

 離された時。自分からまだ強請りたくなる魔性のキス。
 でもあんたは、くれない。妖しく笑んで、おでこに一回キスを落とすの。それが終わりの合図。いつも。

「・・・で? どーすんの、会長のお祝い」

 あやすみたいに。あたしの右手を自分の左手と恋人繋ぎしながら、遊佐は話を戻した。
 甘え足りない自分的には渋々だけど、頭と気持ちのスイッチ切り替えて。

「古希って紫色が縁起ものなんだよねぇ。おじいちゃん、普段から和服だし、扇子とかどうかなって」

「なら、百貨店回るのが早そーだな。とりあえず駅前から行ってみるか」

「うん!」

 こういう時、遊佐は榊に何も指示したりしない。あたし達の会話をどう読んでどう動くか、任せてる。
 余計な気兼ねが要らない、深くて強い信頼関係。・・・でなきゃ遊佐はこうしてあたしと出かけたりしない。

 だからね、ほんとに榊には感謝してる。いっつも黙って、あたしと遊佐を助けてくれてありがとう。優しいワケじゃないけど、あんたのその大っきい手がね、あたし達を掬ってくれてるんだよ。



 話が途切れて静かになっても。あたしはずっと遊佐の肩に寄りかかって。
 ウィンドウに頬杖ついて軽く目を閉じてる横顔を、時々そっと見やる。
 繋いだ掌の温もりがあったかい。
 ねえ遊佐。
 あたしは何があってもこの手を離さないから。
 一緒に生きるのを諦めたりしないでよ。


 オネガイ、遊佐。