その人が目につくようになったのは、分厚いコートがいらなくなってきた3月の終わりだった。


私は高校2年生の終わりから、毎週金曜日、図書館で勉強することに決めていた。
最初は気にならなかった。
図書館前のバス停は、いつもたいてい人がいる。
だけど、みんな待っていたバスが来ると、我先にとバスに乗って帰っていく。

だから、早めに帰りたい5時半にバス停に行っても、いつも通りの6時にバス停に行っても、少し頑張って勉強した7時にバス停に行っても、いつもバス停にいるその人が目につくようになった。



青い空に、緑の草原。
その人を見て真っ先に浮かんだのが、青い空に緑の草原だった。ミネラルウォーターとかビールのCMに出てきそうな、風が通り過ぎるあの風景。
よく晴れた高原が似合いそうな人だな、と思った。


いつも、何をするでもなくただバス停にいた。
本を読むでも、音楽を聞くでもなく、ただただバス停にいた。
不思議な人だなあとは思ったけれど、不審者だとは思わなかった。爽やかな雰囲気もそうだけど、柔らかい黒色の髪が、優しそうな人柄を思わせた。

何より他の人は誰一人として、バス停にいるのにバスに乗らない不思議なこの人を、気には留めていないようだった。みんな自分の帰る場所のことで頭がいっぱいなのかもしれない。