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「何呑気にパン食ってんの」
気だるげな声が頭の上で聴こえて、そのままのしっと、重りが乗っかった。
目の前で野菜ジュースを飲んでいた千種は、目を見開いてあたしの頭を見ている。
それもそのはずだ。この声の主が、あたしのクラスにまで入ってきたのはきっと初めて。
「お前が教えろっていうから、スマホ持ってきたんだけど?」
「ち、千歳くん」
後ろを振り向くと、千歳くんの呆れた顔が見えた。黒いシンプルなカバーを付けたスマホを、目の前でチラチラと振っている。
さっきの約束事を覚えていて、あたしのためにここに来てくれたことは分かっているけれど、まさかクラスまで来るとは思わなかった。
…おかげさまで、注目の的。
女子の視線が痛すぎる。そっか、今日テスト期間だからみんな部活には行かないもんね…!
「…王子だ…」
千種までも、目をキラキラさせてそんなことを言っている。王子て。本人がいる前でそれを出していいのか。
「い、一色くん、あの、いつも天香がお世話になってます…!」
「…どーも」
「…しゃべった…」
いや、喋るよ。突然の学校の王子の登場に、頭がおかしくなってるよ、千種。
夢現になっている彼女に、千歳くんはぺこりと頭を下げた。
クラスの子たちの様子は見れない。だって怖いんだもん。絶対良くない噂をされてるに決まってる。
「お前、帰らないの?」
千歳くんは、まだ散らかっていたあたしの机の上を見て言った。
期末を忘れていたせいで、まったく勉強をしていないあたしは、今日の放課後、ひとりで少し勉強しようと考えていたのだ。
…だから、帰るつもりはなかったんだけれども。



