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美術室に向かう途中で、千種や他のクラスメートとすれ違った。もうとっくに片付けは終わったらしい。
遅れて美術室に入ると、ハシバ先生があたしのキャンバスを移動してくれているところに出くわした。
「彩田ァ、お前、休憩長すぎだろ」
黒縁メガネの向こう側で、目を細めてあたしの方を見ている。
「ごめんなさい。アクリル絵の具の匂い、きつくて」
「別にいいけどよ。せっかく良い色出してたのに、もったいねぇな」
「また、次の時間に描きます」
散らかった絵の具を片付けながら言うと、「バカ」と、ため息交じりの言葉が降ってきた。
「その日の天候とか、調子とか、光とか、そーいうので変わんだよ」
次の時間は、どうなるか分かんないだろ。
ハシバ先生は、真剣な顔でそんなことを言っていた。
プロの世界では、そうなのかもしれない。ハシバ先生は、あたしが作り出した今日の色たちがよっぽど気に入ったらしい。だから、今日のうちに描いてしまった方がよかったと、そう言っているんだと思う。
でも、その色が “ いいものなのか ” なんてことは、あたしには分からないし。
生み出せれば、それで満足だし。
絵の具を元の場所に戻して、美術準備室から出ようとした時、一枚の絵に意識が向いた。
思わず、「先生」と声を発してしまう。
他のクラスの絵が、並んでいる。そのいちばん前に、見覚えのある作品がひとつ。
それは色の名前でいう、黒と白と灰と、それから茶色や渋いオレンジなど、まるで秋に散らばっているような作品だった。



