なんでもないことのように、千歳くんは言う。


「…え、千歳くんのお父さん、絵を描く人なの…?」


つまりは、画家ってこと?

外国の本に載っているってことは、外国でも絵を描いていたってこと?


恐る恐る聞いて見たけど、千歳くんは少しも反応を返してくれなかった。その代わりに、あたしが一番見入っていたページを開いて、そこに指を這わせる。


長い睫毛が揺れて、あたしを再びとらえる。



「…天香、この世界は、お前にはどう見えてる?」



…夜空。星たちが、無数に散らばっていて街を照らしているその絵は、一番初めに千歳くんと見た星野光のようだ。

本の一面に広がった世界に、まだ心が落ち着かない。まるで吸い込まれそうな夜空は、ただの黒でもなければ星色でもない。


…生き物だ。まるで、作品そのものが、いのち。


「…一言では、言えないよ」

「…」

「そのくらい、なんていうか、この作品を作っているひとつ1つの色が、あたしに訴えかけてくるの」


…存在を、訴えかけてくる。一気に。

意識を集中させたら、頭がおかしくなりそうなくらい。そのくらい、この世界は、見すぎると危ない。


「…そうか」


ポツリと、千歳くんは呟いた。ゆっくりとその作品を撫でながら、薄いくちびるを動かす。


「…俺も、昔はそう思ってた」

「…?」

「そう、見えてた時があった」


静かに、呟かれた言葉。息を吐くように、消えかかりそうなその声を、零さないようにと必死に意識を集中させた。

…そう、見えてた。確かに彼は、そう言った。




「…でも、今はもう、その世界に俺は生きていない」




彼の後ろに広がっていた空が、夜になった。

いつの間にか、人に作られた電気がさんさんとさす中、千歳くんは、ゆっくりと、でもはっきりと、そう呟いたんだ。