「早く行きなよ。電車くるよ」

「あっ…うん、じゃあ行くね」


ありがとう、とお礼を言って、彼に背を向けた。鞄から定期を取り出して、歩いていった先にある改札口にそれをかざす。

ピッと、聞き慣れた音。周りでも次々に生まれてくるその音を聞いていると、ざわざわとした空気を切るような澄んだ声が、背中にぶつかった。





「—— 天香。」





叫んでいるわけじゃない。でも、確かにハッキリと聞こえる声。
後ろから次々にやってくる人たちは、少しだけ視線をあたしと彼の方に向けていた。


振り返る。ふいに呼ばれた名前に、心臓がぎゅっと握りしめられて、あたしも持っていた定期券を胸にあてた。




「千歳って呼べ、天香」




いつもは気だるそうにしている一色くんが、ほんの少しだけ必死な顔で、そう言った。

…そんな、大きなハッキリとした声、出るんだ。なんだろう、なんだか笑っちゃう。




「…ちとせ、くん」




でも、うれしい。その名前を呼べて、うれしいよ。




「千歳くん!」




なぜか、涙が出そうになった。ツンと痛む鼻先を急いで押さえていると、口元を上げて、ニッと笑う千歳くんが見えた。

それでいーよ、と言っているよう。





「千歳くん、ばいばい!」





…あたしの世界は、変わっていく。


少しずつだけど、ほんの少しずつ、色々な気持ちが募っていった。



ねえ、千歳くん。


キミと友達になれた第一歩の今日のこと、あたしは一生忘れないで生きていくんだと思ったよ。