「…っなに、してんの…」


思わず、鉛筆と一緒に入っていた、1枚のハンカチを取り出した。もう、ほぼ反射的。


俺がその影を、落ちてきていた雫らしきものごと捕まえた時、風になびいてサラサラと動いていたそれも、俺の方を向いた。


同時に、星の色と同じ2つの光が、俺を捉えたのが分かった。



「…あれっ、人がいたんだ!」


夜には似合わない、明るい陽の光のような声が耳を刺激した。キンと、細い音が響く。

思わず握りしめたその影は、おかしいくらい、温かかった。


「わぁ〜、ごめんなさい。誰もいないと思っちゃってたから、ちょっとビックリしちゃって」



…顔は、あまりよく見えない。まだ、暗さに目が慣れていないせい。

それでも、少しずつ重たくなっていく、影を包んでいるハンカチに目を落とした。


…生温かい。そして、細い。間違いない、これは、腕だ。


「…って、アレ? もしかしてキミ、隣のクラスの一色(いっしき)くんじゃないですか?」


ふいに呼ばれた名前。一瞬、なんで知ってるんだと怖くなった。でも、残念ながら、当たっている。

隣のクラスという言葉が聞こえてきたということは、もしかしなくても、この人は同じ学校の…。


「あたし、2組の彩田 天香(さいだ てんか)!分かんないかなぁ」

「……」


さいだ てんか。てんか? 不思議な響きだ。


でも、残念ながら、知らない。隣のクラスどころか、自分のクラスメイトの名前でさえまだ危ういっていうのに、覚えているわけがないのだけれど。

それよりも、今のこの状況で、飛んできた言葉がそれなのかと思うと、焦っていた気持ちもどこかへ飛んでいきそうだ。