「なぁ、一人を10年近く思い続けられるのって、もはや執念だよな」

「そんなの人の勝手でしょ」

彼女は秋の独り言を聞いていないようで、勝手にガンガン巨峰チューハイやら日本酒やら赤ワインやらを頼みまくっている。
そんなにちゃんぽんしても彼女はまったくフラフラになった経験がないのだから、酒豪中の酒豪だろう。
秋なんて赤ワインを飲んだらすぐにトイレとお友達になってしまうというのに。
肝臓が強いのっていいよな、とひとりごちる。
本当にただ酒をたくさん飲みたかっただけらしく、彼女は話しもそこそこに飲んで刺身をつまむことに夢中になっていた。
色気も何もありゃしない。
別れた男女なんてこんなもんか、と秋は梅酒を追加で頼みながら思った。

ひとしきり呑んで呑んで呑みまくって満足した時点で店を出た。
火照った頬に夜風が気持ち良い。
ほう、と息を吐くと同時に、視界の隅に見慣れた後頭部が見えた気がした。
酔が回ったのか、と思ったが、あの茶髪の髪は芹沢みのりだ。
間違いない。
一人でポツンと所在なさげに立っている。
しかも、駅近で「立地は最高だが衛生管理が最悪」と噂のラブホテルの前に立っている。
何してんだ、あのひと。
秋の視線に気づいたのか、「知り合い?」と彼女はとろんとした目で問うてくる。
「あそこに置いてかれてるってことは、悪い男に捨てられたのかもね。心配だったら声かけてきたら?」とまで言ってくる。
いや、同性の私が声かけたほうがいいのかな?でも初対面だしなぁ〜と酒により浮ついた思考を彼女は垂れ流す。

この場で足踏みしていても何も変わらない。
秋が「俺が声かけてくるから」といえば、あっそぉ、なんて言いながら彼女はパスケースをすぐに取り出す。
帰る気満々だったんじゃないかこいつ。
じゃあまたね、なんて言って颯爽と歩き出す。
周りの男の視線を奪い去って駅に消えていく元彼女。
何事にもあっさりしているから、男はああいう美人を追いたくなるのだろうか。
秋はなんだか釈然としないまま、芹沢みのりに近づく。
その背中が、やけに小さく見えた。
なんか痩せたか?こいつ、と思いながらも、「大丈夫か?」と声をかけた。