設楽秋が芹沢みのりを見かけたのは本当にたまたまだった。
というか、あの日、鹿川からタツヤがいなくなってからは、もう会うつもりもなかった。

長い昼休憩の間に(元)彼女から『呑みたいからつきあって』のメール。
久々に来た連絡に、ワクワクもしなければどきりともしなかったが、心に何か温かいものがストンと落ちてくるのを秋は感じた。
別れよう、とはお互いの間で決めたことだ。そのあとすぐに「一緒にいたい時は一緒にいたいって伝えるから」と言ってきた彼女。
彼女のそういうサバサバしたというか、どこかあっさりした部分が好きだったのだ、と思い出した。
だからというわけではないが、久しぶりに秋自身が話したかったのもあって、彼女の誘いを受けた。
待ち合わせはお互いの職場のちょうど中間地点。
繁華街が周囲に広がる駅にした。

魚料理メインの和食居酒屋で数週間ぶりに会った彼女は、やはり綺麗だった。
さすが俺が惚れた女。
秋がそう思っていることに気づいたのか、彼女は「あんたって本当、自己評価高いわよね」と呆れられた。
当たり前だ。俺の家柄と会社の総資産を考えてみろ。
誰だって自惚れるだろう、と辛めの日本酒を煽りながら思った。
やはり日本酒は辛くなくては。
甘い酒なんて酒じゃないよなぁ、と芋焼酎を飲む彼女に言えば、「そうだねぇ」なんて同意が返ってくる。

「何、今度の彼女は甘いお酒しか呑まないの?」

「いや、彼女じゃなくて、ただの知り合いなんだけど」

そう言いながら、つい数日前の芹沢みのりの姿を思い出す。
不思議そうに見えて、わかりやすい女だった。
世間知らずで、男を知らなくて、それでいて、思い込みが激しい。
初めて会ったバーでも甘いカクテルしか呑まなかったし、爪のネイルは自分で塗ったのか全然きれいじゃなかった。
グレーのパンプスはいつから履いてんだってくらいくたびれていたし。
お金に困ってる感じはなかったが、身なりにもそこまでこだわらない。
唯一こだわっていたのが、子供の頃から片思いしている幼馴染だというのだから。
どこの少女漫画だよ、バカか、と秋は思ったものだが。