ジュリアンは搬送台から先に降りると、ラインアーサに手を貸す。

「ほら、着いたぞ。ついでにお前も診療所で診てもらえ」

「俺は大丈夫だってば!」

 ジュリアンの手を取るとラインアーサも馬車から降りた。
 次いで搬送台に乗っていた数名の怪我人たちにも手を貸し診療所内に促した。
 しかしいつまで経ってもハリが降りて来ない。馬車内を確認するとハリは膝を抱えたまま俯いていた。

「……えっと。ハリ…? 泣いてるの?」

 ハリの煌めく黒曜石の様な瞳から、はらはらと溢れ出る涙はまるで透明な硝子の粒の如く美しく儚げだ。
 引き締められた唇の隙間から僅かに声が漏れた。

「……万理…っ」

 ───目の前のハリの姿が少し前のラインアーサと重なって見えた。

 ハリもまた内乱の被害で姉と離れ離れになったのだ。しかもハリはたった一人でその姉を探している。

 ラインアーサは物言いたげにジュリアンの顔を覗き込んだ。何を言いたいのかは大体察しがつく。

「ねえ、ジュリ…」

「……わかってる。ハリを王宮で保護、、だろ?」

「っ!! 何で分かったの?!」

「俺がお前の言い出しそうな事、わからない訳ないじゃん。それからハリの姉さんも警備隊の捜索名簿調べるし、見つからなかったら捜索隊に依頼をかける」

「凄い!! 俺、ジュリにそう頼もうと思ってたんだ!」

「おー、任せろ。もっと俺の事頼ってもいいぜ? それに、お前に頼まれなくてもそうしてる」

「ジュリ、ありがとう!!」

 少し得意気に胸を張って見せるとラインアーサがふわりと柔らかく微笑んだ。
 ジュリアンの心は何に増しても得がたい喜びで一杯になった。


 この後宣言通りに事を実行し、ハリは王宮にて保護される運びとなった。
 何よりハリの〝症状〟が街の診療所では手に負えないとの事だった。理由はハリのあの頭痛だ。
 一度あの頭痛が起こると如何なる治療や回復術を持ってしても改善はされなかった。もちろんラインアーサの癒しの風も同様。
 そして頭痛は決まって、ハリの素性について質問すると起こるのだった。
 侍医のフロラによると、ハリは〝記憶喪失〟なのだと言う。
 怪我による一時的な物の可能性もあるが何かしらの精神打撃を受けた事は間違いなく、本人が記憶を封じ込めているのだろうと。

 意外にもこの頭痛を和らげる効果を発揮したのが、ジュストベルが香草などを煎じたお茶だった。