「俺だからできるとか、お前だからできないとか、そんなもんねーよ」


なかなか起き上がらない頭に手を乗せて、左右に動かした。

相変わらず、触り心地の良い髪。真っ黒で、綺麗な髪。

しばらくじっと俺に触られていた彼女は、しばらくして俺の手首に手を伸ばした。


「…あるよ。近海は、昔から何でもできるもん」

「…」


黙って、目の前の問題に取り組み出した茶々。
いつもなら、「触らないで」なんて言いながら牙を向けるはずなのに、今日の彼女は妙に大人しい。

相当、ストレスにやられている様子。



「…茶々、ココア飲む?」

「…いい。眠たくなるからコーヒーがいい」

「お前、コーヒー飲めないじゃん」

「砂糖とミルク入れれば飲めるもん」

「…ふ」


相変わらずの甘党。子ども舌。

俺にはない、トクベツなことが、今日も胸を締め付ける。


「…今、笑ったでしょ。ばか近海」


悔しそうな顔。その顔も、たまらない。もっといじめたくなってしまう。


「笑ってねーよ。それよりほら、あと30分したらみんな来るから。それまでにここまで解ききりなよ」

「うわーん!!鬼!!ばか近海!!」


顔を歪ませながらも、泣き言を言いながらも、ちゃんと手を動かす。

そういう真面目なところも、昔から知ってるよ。


…時は、大学1年の11月20日。

俺たちにとって、大切な日のひとつ。


制服を着たまま学校帰りに俺の実家へ寄った茶々。仲間が集まってくるまでのほんの少しの間、俺は彼女と二人きりになる。

ほんの、30分程度だけど、それでも、大切な時間なんだ。



「…今日、みんな来るの?」

「おう、来るよ。珠理(しゅり)も、めごちゃんも、瀬名(せな)ちゃんも。よかったな」

「……、珠理は、主役なんだから当たり前でしょ」

「………、ん」


俺たちの、大切な時間。

俺と茶々にとっても、大切な1日。