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失いたくないと思うほど、トクベツなものが2つもあるというのは、本当に大変。

人間、生きてれば「どちらかを選べ」と選択を迫られる時だってあるわけで。

今までだって、何度かそういう想いをしてきた。


俺の最もトクベツなものは、日常の中に埋め込まれている。もう何年も前から。

それに気づいた時から、やたらゴツゴツした自分の手のひらで大切に大切に包んでいるんだ。


「だーから、なんでこの伏線から答えが③になるんだよ!オカシイだろーが」

「なんで!?だって、この世で一番大切だった人がいなくなったのよ!?絶対、悲しみに暮れるに決まってるじゃない!」


…俺の大切なもの1つ目。目の前でキャンキャン吠えているこの女。


尾張 茶々(おわり ちゃちゃ)。
俺より一個下の現在高校3年生。


「バカかお前は。そーやって主観で解くなって言ってんじゃん。現代文でも、ちゃんと答えの根拠が文中にあんだよ。数学と一緒」

「数学苦手だから分かんないのよ!」

「現代文も分かってねーじゃん」


目の上まで垂れた前髪にチョップをかますと、悔しそうな顔が俺の方を向いた。

大きくパッチリとした目が、少しだけ揺れる。

その瞳の奥に、自分の顔が映っていることに気づいて、ぐっと心臓が締まった。



「…近海(おうみ)は、頭が良いからそんなこと言えるんだよ…」


横で2つに結ばれているサラサラの髪。その髪が、うなだれた彼女の首と一緒に下に落ちていく。


卒業までに受験を控えている茶々は、ここのところ情緒不安定。

まぁ、人生の大きな分かれ道というか、選択というか、そんなものを自分の学力で決められてしまうとなると、そうなるのも理解できるけど。