少しずつ、顔の火照りも引いてきた。その代わり、腕も少しだけしんどくなってきたから、そのまま後頭部に置いていた手をゆるめてやった。

それと同時に、茶々の顔全体が、俺の視界に入ってくる。


「…近海、」

「なに」


額が、赤い。さっきまで、俺のとぶつかっていたせいだ。


「…勉強、教えてくれてありがとう。わざわざ来てくれてるの、ちゃんと嬉しいよ。あたしだって」

「…あっそ…」


…そっか。嬉しいのか。そう思ってくれてるなら、俺も嬉しい。

本当は、これも口に出して言うべきなんだろうけど、今日はもう限界。だから、次の機会にでもまた言わせてよ。


「近海、」

「んー」


…今日はよく、名前を呼ばれるな。


「これ食べて、三角関数終わったら、どこかご飯食べられるところに入ろうよ。近海のお腹、満たしに行こう」

「え…?」

「もう、飴だけじゃ、追いつかないでしょ」

「…」


彼女の言葉にハッとして、もう一度ちゃんと、顔を上げた。

するとそこには、太陽の光が差し込んで、キラキラと光っている、茶々の顔。


普段、あまり見せない、笑った顔。


「…お前、その顔やめろよ…。反則」


不意打ちは、だめだ。嬉しくて、また変なこと口走りそうになる。


「なにそれ。どーいうこと? 別にいいのよ、そのままずっとお腹鳴らしてても」

「…や、嘘です。三角関数教えるから早く行こう。もう限界」



少しだけ、茶々の気持ちをもらえた気がする。俺にはあまり見せなかった顔を、今日は見れた気がする。

もう、それだけでどうしようもなく、浮かれてしまうから、俺もまだまだだ。


きっと、茶々に俺の大事にしてきた気持ちなんて、まだ全然伝わってない。それでもいつか、こんな風に、伝えられたらいい。



「…茶々、受験頑張れよ」

「げっ、何いきなり。もうすでに頑張ってるんですけど」

「知ってる。でも頑張って欲しい。待ってるから」



だから、もう少し時間が経って、お前が頑張って山を乗り越えた時は、覚悟しておいて。


そう、心の中で伝えながら、今日は少しだけ縮んだ茶々との時間を、ゆったりと楽しんでいた。