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「みんな。ちょっと買出しに行って欲しいんだけど、いいかな……?」

保健室登校が始まって、1週間が経った頃、瞳先生が、私たちにそう頼んだ。

「学校に登校してる時間なのに、買出しなんて勝手に行ってもいいんですか?」

颯磨くんが言う。

「ふふふ、バレなきゃいいのよっ。」

「あー!ブラックひとみんだ〜!」

大輔くんが瞳先生を指さして言う。

「嘘よ。さすがに学校がある日は駄目だから……、明日。休みでしょ?行ってくれたら助かるんだけど……。」

「あ、あの!僕、行きます……!!」

意外にも、京くんは乗り気だった。

「俺も行くよ!みんな行くよな?な!?」

大輔くんは、当然のように乗り気で、結局は4人で行くことになった。

「本当!助かるわ〜。じゃあ明日、これを4人で買ってきてくれるかしら?」

瞳先生は、私たちにメモを渡した。

「よぉーし!俺がこのメモ持っとくな!」

「大輔、お前じゃ確実に無くすだろ?僕が持っておくからいい。」

颯磨くんが、メモを横取りする。

瞳先生は、クスクス笑いながら、その様子を眺めている。

「そうね。大輔くんより颯磨くんに持ってもらっていた方が、安心。」

「ひとみん酷〜い!ちぇっ、持ちたいだけじゃん。」

いや、持ちたいだけなのは、大輔くんの方だと
思うけど……。

「じゃあ、お願いね。」

「はい!」

何か楽しそうだな。でも……、休みの日に外に出るってことは、私服か……。

ヒール、また履かなきゃな。

もう足は完治してるから、大丈夫だと思うど……。

─次の日─

集合場所には、何故か私と颯磨くんしかいなかった。

「あれ?みんなは?」

「大輔からは、寝坊で来られないって聞いた。」

寝坊!?

やっぱり、メモを大輔くんに持たせなくて良かった。

「京くんは?」

「あいつは、急に体調不良になって。」

「えっ!?大丈夫なの!?」

「うん、まぁ、瞳先生が言うには大丈夫だって。」

乗り気だった2人が来れなくなっちゃうなんて。

しかも、大輔くんはまだしも、京くんは、可哀想……。

来たかっただろうな。

ってことは……。

…………。

うん?

ってことは……、颯磨くんと2人!?

なんか……、どうしたらいいのやら……、うーん。

いや、別に普通で良いよね!うん!

「じゃあ、行くか。」

「うん。」

その瞬間。

わっ!!

やっぱ慣れてないのかな?

それとも、最近はヒールをあまり履いていなかったから?

歩き出してそうそう、転びそうになった。

「っと!危ない!」

颯磨くんに支えられる。

「わ、ご、ごご、ごめん!!」

「大丈夫か?」

私はコクコクと首を縦に振る。

やっちゃった……。

でも、それにしても颯磨くん、私の前を歩いていたのに、どうしてで転びそうなことに気がついてくれたんだろう。

健吾の時は……、

慌てて首を振った。

もう忘れよう。颯磨くんと何か話せば、忘れられるのかな……?

しかし……、会話が……無い……。

2人で話すのはベッドの時以来だもんなぁ。

「結構、歩くな。」

颯磨くんが、ボソッと呟いた。

「歩く?」

「うん。買い出しメモを見て、買いに行く店が何軒か、ある程度予想したんだけど、最短距離でも、1時間半はかかるな。」

ん??なんだ、その計算は……。

やっぱり、頭が良いんだなぁ。

「そんな計算までしてきてくれたの?大変じゃなかった??」

「いや、今、計算した。」

い、今!?

「す、凄い……。」

「そうか?」

颯磨くんが首を傾げる。

ああ、この人は、自分が頭が良いって、気づいていないんだな……。

飛び抜けて頭が良いのにそれを少しも鼻にかけない。

尊敬する。

そんなこんなで、私たちは、適度に会話をしながら、商店街を回った。

ー1時間後ー

あ……、足が……。

「それで大輔、大声で叫んだんだよ。」

「へえ!そうなんだっ。大輔くんらしいねー。」

何とか会話を続けているけど、はっきり言って、限界に近い。

まだ慣れてないな、ヒール。

かなり高いのを履いてるから……、あぁ、今日も
帰ったら、絆創膏だらけに……。

でも、あと30分くらいだし、頑張ろう……。

「日奈子、ちょっと来て。」

急に颯磨くんが、目的地とは違う方向に私を連れていった。

「へっ?」

ちょ、足……痛いのに、寄り道……?

……仕方ない。我慢だ、我慢!

連れて来られたのは、人気のない公園だった。

あっ、この公園……、明人くんと別れて、歩道橋から飛び降りようとしたところを、引き止めてもらった人に、連れてきてもらった場所だ。

懐かしい。

ここで健吾とも付き合うことになったんだよね。

……結局、別れちゃったけど。

「ここのベンチに、座って。」

「え?あ、うん。」

私と颯磨くんは、ベンチに腰をかけた。

「それで、靴を脱いで。」

っ………………!

「え、え?」

「いいから。」

私は、言われた通りに、靴を脱いだ。

「それから、靴下も。」

「う、うん。」

もしかして……、気づいてくれたの……?

「やっぱり。」

「えっ?」

「ずっと、無理して履いてたんだろ?」

………………。

何で……?どうして気づいたの……?

気づかれないようにしてたはずなのに。

健吾の時は、何回かデートしたけど、1度も気づかなかったのに。

「大丈夫だって、これくらい……。」

「大丈夫じゃなさそうだけど?」

うぅ……。

颯磨くんが、足の傷に触る。

「痛っ……!!」

「ほら、大丈夫じゃない。」

痛いのも、そうだけど、颯磨くんが一瞬、私の足に触れたことに対して、恥ずかしくて仕方がなかった。

「絆創膏、持ってきたから使って。」

颯磨くんが、ポケットから絆創膏を取り出した。

「あ、ありがとう……。」

私は遠慮なく、その絆創膏を使うことにした。

「実は……、予め、こうなることを予想してた。」

えっ…………!?

「なんで……、分かったの……!?」

「……男の勘?」

勘だけで、そこまで分かるものなのかな……?

「取り敢えず、これ履いて。」

私の前に、可愛らしい靴が置かれた。ヒール……
じゃない、スニーカー。

「これ……、どうしたの!?」

「プレゼント。」

「えっ!?いつ買ったの?」

「さっき。」

さ、さっき!?ずっと一緒にいたのに、全然気が付かなかった……。

「悪いよ、こんなの。」

「いいって。この靴、僕が持って帰るわけにもいかないし。」

まあ、そうだけど……、でも……。

「せめてお金、返すよ!」

「それもいいって。僕が勝手にしたことだし。」

でも……、そんな……。

「ごめんね……、迷惑かけて。」

「そんなことない。楽しかった。」

嘘……だよね……。無理してくれてるんだよね。

「おあびに、私、残りの買い物、してくるよ。」

「大丈夫だよ。もう全部買い終わったから。」

えっ……?

「それより、早く履いて。」

「あ、うん。」

私はプレゼントされた靴を履く。

「可愛い……!しかも、ぴったり……!」

「良かった。」

でも、何で足のサイズが分かったの?

私、身長は低いけど、足のサイズは、みんなと同じくらいで、普通だったら、身長からして、小さい靴を選ぶはずなのに……。

「どうして靴のサイズが分かったの……?」

「靴のサイズくらい、見てれば分かるよ。」

見てれば分かる……!?

やっぱり、頭が良い……。天才だ。

「ありがとう……。本当に嬉しい……。」

「僕も喜んでもらえて、嬉しい。」

本当はヒールなんて最初から履きたくなかった。

今まで履いたこと、なかったし、オシャレとか、特に気にする性格じゃなかったから。

でも、スニーカーを履いたら、一気に背が縮んでしまうから……。

親子だと思われちゃうかもしれないのに……。

それでも、一緒に歩いていいの……?

もしも良いなら、私は……、

凄く救われたよ。