一途な小説家の初恋独占契約

鎌石さんは、どんな企画を持っているんだろう。

未邦訳のジョーの作品の出版か、それとも新しい原稿の依頼かな。
これだけ日本語が話せるのだ、日本語での書き下ろしの依頼でもおかしくない。

大塚出版は、伝統ある文学賞の主催もしていて、文芸雑誌も持っている。
学術的なものから若年層向けのものまで、文庫だけでも多数持っている大手だ。
どんな提案だってできるだろう。

「汐璃」

ジョーに呼ばれて、顔を上げる。

二人の話は、5分も掛からなかったようだ。

ジョーの元に向かおうとすると、ジョーがホテルの人に呼ばれた。
忘れ物でもあったのか、何か話している。

それを視線で追っていると、同じ方向を向いた鎌石さんが、いつの間にか隣に立っていた。

私の視線の先に、白い頬が見える。
ぷっくりと膨らんだルージュが開いた。

「ジョー・ラザフォード先生って、本当に紳士ね」
「……ええ」
「のぼせてしまうのも分かるわ。窪田さんって、まだ若そうだし、あんな素敵な声で『汐璃』なんて呼ばれちゃね」
「え……?」

ふふっと笑って、鎌石さんが私に向き直る。

「勘違いしたら、辛い想いをすることになるわ。
先生があなたを使うのは、日本語版を出版している清谷書房の社員だから。
新しい仕事が来れば、先生は新しい出版社の新しい社員の元へ行くの」

熟れた果実のような唇が、ニヤリと笑った。

「やりがいのある仕事よね。だから、編集って楽しいわ」
「……」

私が何か言う前に彼女は、ヒラリとハイヒールを前へ出し、ジョーにもう一度軽い挨拶を交わして、軽やかに去っていった。

「汐璃、待たせて悪かった」
「……ううん」
「……彼女に、何か言われた?」
「……ううん」

釈然としていない様子のジョーを振り切り、タクシーで家に向かった。