「そりゃ、うちの会社としては、他の作品も出したいですよね」

ランチを食べ切った秋穂は、困ったように直島さんを見た。
直島さんは、サッと辺りを見渡すと、声を潜めた。

「実は、アメリカの出版元は、了承してるんだ。……でも、どうやら作者側がごねているらしい」
「どうしてですか?」
「さあ。理由が分からなくて、上は参ってる。今回の来日で、何とか契約を取り付けたいって、躍起になってるよ」
「そうなんですね……」

作風から、何となく理知的で優しい人を想像していたけれど、案外わがままな人なのかな。

それとも、お金の問題なのかもしれない。
それなら、はっきり交渉しそうなものだけれど……。

「それはそうと。デビュー作から読んでるなんて、すごいね。ジョーが日本で知られたなんて、それこそ映画がヒットしてからじゃない?」
「実は、アメリカでの発売直後にペンフレンドから薦められて」
「ああ、あの中学生以来の文通相手ってやつ?」
「そう」

今では、かなり珍しいことだと思うのだけれど、私には長年の文通相手がいる。
アメリカに住む男の子。
そう呼ぶのは、私と同学年の23歳だから、もうおかしいかもしれないけれど。

中学1年生のとき、学校の授業の一環で、姉妹校の生徒と文通をしたのが発端だ。
ほとんどの生徒は、授業で強制的に書かされた何度かのやり取りだけで終わったのに、私たちの文通は、なんと今でも続いているのだ。

「文通相手、男だって言ってなかったっけ? ジョーの作品って女性向けと言われていたのに、よく知ってたね」
「お姉さんやお母さんが、恋愛小説が大好きみたい。私も好きそうだからって、教えてくれたの」
「そんな話までしてるんだ」
「お互い、本好きだし。でも、しばらく返事が来ないんだよね」