南北書店から清谷書房までは、徒歩10分。
走れば、5分で着くだろう。

あれから、秋穂からの連絡はない。
電話をかけ直すか迷ったものの、とにかく早く戻る方が先決と、足を速めた。

ローヒールのパンプスで小走りすれば、じっとりと背中が汗ばむ。
今日は、天気はもったものの、梅雨の最中の7月、湿気をたっぷり含んだ都心の空気は、びっくりするほど重たい。

清谷書房の6階建ての細長い本社ビルに着いたときには、額に汗していた。

秋穂のいる第二編集部翻訳文芸課は、5階だ。

エレベーターの扉がゆっくりと開くのももどかしく駆け出ると、5階の廊下には、ちょうど秋穂の姿があった。

「良かった、すぐ来てくれたんだ。こっちに来て!」

何の説明もないうちに、会議室に放り込まれる。

「窪田汐璃を連れて来ましたっ!」
「ちょっと、秋穂!?」

おろおろとした様子で立っていた十数名の社員の視線が、途端にこちらを向く。
明らかに年上の社員ばかりで、早々に腰が引けてしまった。

「秋穂、どういうこと!?」

こそこそとせっつくと、会議室の奥がざわめいた。
無遠慮にこちらを見下ろす先輩社員が、徐々に移動していく。

10名用の会議室は、立ちふさがる多くの人で中を見通せないけれど、奥から誰かがこちらに向かってくるようだ。

背の高い男性のようで、間を塞ぐ社員たちの頭の上から、黒髪が覗く。

次に、インディゴブルーのジャケットに包まれた分厚い肩。
袖口を包むブラックシャツ。

やがて現れたのは、私より30cm以上も高いかと思われる長身の、がっしりした身体の男性だった。