星崎での一件以来、

桐生くんとの距離は、更に

縮まった気がする。

お互いに【特別】だと、改めて

分かったからかもしれない。

夏休み前の、期末試験も

無事に終え、迎えた終業式の日…

桐生くんから、デートの

お誘いがあり、わたしの心は

浮き足だっていた。

「春瀬は、どこ行きたい?」

正直、デートというものを

経験したことがないから、

分からない。

「うーん…男の子と出掛けるのって

初めてだから、分からない。

桐生くんと一緒なら、どこでも

嬉しい…かな?」

わたしの言葉に、固まる

桐生くん。

あれ?

わたし、変なこと言ったかな?

顔を覗き込むようにして

見上げると…

コホンと咳払いをした

桐生くんの顔が、少し赤いことに

気が付いた。

手の甲で口元を隠す仕草をして、

「じゃあ…俺ん家、来る?」と

目線を送ってくる。

「えっ!?お家?」

デートって普通、外でするものと

思っていたわたしは、

素っ頓狂な声が出た。

「嫌なら、他のところでも…」

「ううん…嫌っていうか、

びっくりしただけだよ。

男の子の家…というか、好きな人の

お家に行くなんて、初めてで…」

真っ赤になっているだろう顔を

下に向けて話す、わたしの

手を、大きくて温かいものが

包んだ。

ドキドキと鳴る、心臓の音が

手を伝ってしまうんじゃ…

そっと見上げると、桐生くんは

嬉しそうに笑った。

「じゃあ、今度の日曜でもいいか?」

「う、うん。大丈夫だよ」

包み込むように、繋がれた手を

ギュッと握り返した。

お家に誘われたことを、璃子や

聖奈ちゃんに、相談したのは、

誘われた次の日に、天使の森で。

「へー!初デートが、お家デート?

桐生もやるねー!」

「うんうん!ずっと2人きりって

なんかねー!」

2人は、ニヤニヤしながら

わたしを肘でつついてくる。

「どんな格好でいけばいいのかな?

それに、お家の人にも、

手土産とかも必要だよね?

どうしたらいいかな?」

わたしの服は、どれも子供っぽくて

自信がない…

おしゃれをしたいなんて、

今までは考えたこともないし、

そもそも、興味もなかったから。

出来れば2人に選んで貰って、

新調したいな。

手土産も何がいいのか、

全く分からないし…

伺うように、2人を見つめると…

「じゃあ、今日にでも

駅前の服屋に行って、あたしらが

見立ててあげようじゃん!」

「手土産は、美味しいケーキ屋が

あるから、わたしが教えてあげる!」

2人は、親指を立てて笑った。

この2人が居てくれて、良かった!

1人だったら、大変なことに

なってたよ…

「2人とも、ありがとう!」

そして、その日…

デートの為の服と、手土産のケーキ

選びにと、2人は色々と

手伝ってくれた。

服は無難にワンピースがいいと

大好きなパステルピンクの

膝丈のワンピースを

選んでくれた。

しかも、裾に可愛いレースが

付いたもので。

着慣れないな、こういう

ヒラヒラした服…

そして…

手土産にオススメだという

ケーキ屋さんの、焼菓子の

詰め合わせは

甘さが控えめで、甘いものが

苦手な人でも、食べられる

人気のものだと、聖奈ちゃんが

勧めてくれた。

気が付けば、暑かった太陽も

沈んで、景色も夜へと

変化していた。

「今日は、本当にありがとう!

2人が居てくれなかったら、

どうしていいか分からなかったよ」

服と焼菓子の入った紙袋を

持ち上げて見せた。

「流羽の為だもん!

これくらい、いつでも頼ってよね!」

「そうだよー!」

そう言って2人は、

頭を撫でて、ニコニコ笑った。

駅前で、聖奈ちゃんと別れ、

ホームまでの道を、璃子と歩く。

そして、ホームに近い場所で

璃子と別れ、1人ホームへの道を

歩く、わたしの耳に不穏な声が

聞こえた。