っ……

どうして、そんな顔で

見つめられるの?

わたし、すごく嫌な態度ばかりで

突き放したのに…

「どうして…わたしなんかを

そこまで…」

好きなの?…とは、

恥ずかしくて言えなかった。

桐生くんは、

さも当たり前みたいに

はっきりとした声で…

「好きだから、初めて見たときから」

その言葉に、わたしは

痛いくらいに胸が熱くなった。

それって…

一目惚れってこと?

でも、好きになって貰えるような

ことをした覚えは…

わたしには、ない。

だって、言いたいことだけ言って

あの場から、逃げたのに…

「ちなみに、俺が春瀬を

好きになったのは、

体育館裏で会った時より前だ」

「え…?」

体育館裏で会ったのが、

初めてだよね?

それより前に、桐生くんと

出会った記憶は、

わたしにはないもん。

いつ?

こんなにカッコいい人と

会っていたら、忘れるはずないよ。

首を傾けて

必死に思いだそうとする。

けど、全く分からない…

「春瀬は知らないだろうけど、

入学式の日、学校までの道の桜の木…

俺の前を歩く春瀬が、桜の木を

眺めてた。

嬉しそうに、花びらを手帳に挟んでた」

えっ?

桜の木…花びら…

わたしは、入学式の日のことを

思い出していた。

あっ…そうだ…

あの日、わたしは璃子と歩くはずが、

遅刻のメールを貰って、

1人で桜の木を見ながら、歩いてた。

でも、みんな、携帯やおしゃべりに

夢中で…

誰かに見られていたなんて

知らなかった。

しかも、桐生くんに…

そう思ったら、顔が

真っ赤になっていくのが分かった。

「あの時の春瀬の笑顔が…

目に焼き付いて、離れなかった。

笑ってるのに、どっか苦しそうで…

触れたら、どっか消えちまいそうでさ」

「消える…って…」

たしかに、わたしは

これからの学校での生活に、

不安を抱えてた。

自分の傷を知られることによる、

不安と恐怖を…

でも、消えるなんて…

「実際、2回目…

春瀬にとっては

初めて会った瞬間だけど、

体育館裏で、俺に言いたいことだけ

言って、逃げたろ?」

「うっ…そうだったね…。

あの時は、なんというか…」

盗み見してしまったことへの

罪悪感と、突飛なことを

初対面の男の子に、

話しかけたことへの

恥ずかしさで…

今思い出しても、顔から

火が出そうな出来事だった。

「あの時の春瀬の笑顔は、

すげえ、キラキラしてた。

俺にとっては、当たり前の…

ただのプレイのひとつだったのに、

それで、こんなにキラキラした

笑顔を見せてくれるなら…

苦しそうな笑顔を

させずに済むなら、

いっそ、マネージャーとして

傍に居させれば

いいんじゃねぇかって」

少し照れくさそうに、

頬をぽりぽりかく、桐生くん。

「それで、わたしを…

マネージャーにって…誘ったの?」

自分でも知らないうちに、

していた顔を見て、

桐生くんは、

声をかけてくれたんだ。

全然知らなかった…

「でも、それで春瀬を

苦しめるなんてな…

笑顔にするつもりが、

余計に苦しめて、

何やってんだって思った…」

えっ…?

なんのこと言ってるんだろう?

わたしが、桐生くんに

苦しめられたことなんて

あった?

「時田先輩のことで、

春瀬を傷付けたからな…」

わたしは、大きく首を振った。

「あのことは、何とも思ってないよ。

そもそも、

桐生くんのせいじゃないって

わたし…言ったよね?

それに、そのおかげって言うのも

おかしいかもしれないけど…

本当の自分を知ってもらって、

みんなと心から

話せるようになったよ?

逃げずに向き合うことが出来た。

だから、今すごく幸せなの…

桐生くんに

謝ってもらうことなんて、

ひとつもないの」

嘘も誤魔化しもない、これが

わたしの本音。

「分かった…もう謝らない。

でも、まだ逃げてるだろ?」

「えっ?逃げてる?」

わたしに1歩ずつ近づいてくる

桐生くんから、わたしは

後ろに1歩、同時に下がった。

どんどんと

その距離は近くなって、

わたしは後ろに下がろうとした。

コツッ…

「あっ…」

ど、ど、どうしよう!?

窓際だったから、これ以上は

下がれない!

どうする?

横を通り抜ける?

そう思っているうちに、

気がつけば、

目の前が真っ暗になって

桐生くんが窓の縁に

両手をついて、逃走回避するように

立っていた。

っ!!!

逃げ場がない!

「あ、あのっ!桐生くん、

どいてくれる?」

「嫌だ」

へっ!?

な、なんで…

なんで、こんなことするの?

わたしは、

下を向いたまま抗議した。

「嫌だって言われても…

わたしも、嫌…

だから離れて!」

「ちゃんと俺の目、見て言えよ。

逃げずに向き合うことが

できるんだろ?」

それはそうだけど…

でも、桐生くんには

向き合えない!

向き合ったら、きっと…

本当の気持ちが

溢れちゃう気がするんだもん!

わたしは首を振った。

その瞬間だった…

桐生くんの大きくて温かい手が

わたしの顎にかかり、

上を向かされて…

っん…

桐生くんの唇が、わたしの唇に…

重なった。

逃げようと桐生くんの胸を

必死に押すと、その手も

掴まれて身動きが取れない。

その間も、桐生くんの唇は

何度も降ってきて…

わたしは、抵抗する気持ちを

忘れて、

桐生くんの温かいぬくもりに

包まれ、身を委ねた…