はっきり口に出せば、翡翠はそこで安心したように表情をゆるめる。
瑠璃のそばを離れることを誰よりも恐れているのは、ずっとそばにいた、片割れの翡翠だ。
「瑠璃のこと、お願いします」
「やだ、そんな堅苦しいこと言わないで?
ほら、紅茶淹れるからゆっくりお話ししましょうか。まだ寝ないんでしょう?」
席を立って、翡翠の髪をくしゃりと撫でる。
さらさらと髪が指の隙間を流れる感触が、どうにも掬いきれない何かを落としている感触に類似しているような気分になって、薄くくちびるを噛んだ。
わたしは椛に何かしてあげられたわけじゃない。
彼の話をただ聞いてあげることしかできなくて。
それでもその複雑な家族を受け入れることができたのは、椛の強さだ。
だからわたしは何もしてあげられていない。
だけど、彼が努力していたのを知っているから。
どれだけ弟妹を大切に思っているのか、ちゃんと知っているから。
「もしもし。おひさしぶりです、リナトさん。
……すこしお願いがあるんですけど、」
『いいけど……俺への依頼は高くつくよ?
本業はネオン街一等地の店のオーナーだからね』
「ふふ、知ってますよ」
幸せになって欲しいと思う。心底。
誰かのために気を遣ったりしなくていいように。絶対に幸せになって欲しい。そのためなら、もう既に十分すぎるほど幸せにしてもらっているわたしは、努力を惜しんだりしない。
『依頼の内容は?』
「麻生 青海。……離婚しているので、旧姓を使っているなら日向青海。
彼女の居場所と連絡先を、知りたいんです」
真実を遠ざけることで彼らが幸せになれるのなら。
わたしはどんな嘘でも、吐き通してみせる。



