生徒会棟に足を踏み入れてすぐ、紫逢先輩がわたしをそう言って引き止める。
行くってどこに?と首をかしげたわたしを置いて、あけみ先輩はすたすたと廊下を歩いていった。
「俺の部屋。
俺は仕事してるし、瑠璃は勉強してなよ」
「え、」
「分かんないとこ教えてあげるから」
ね?と。オッドアイに見つめられて、反射的にこくんと頷くしかなかった。
……個人部屋はそれぞれに与えられているけれど、わたしは自分とあけみ先輩以外の部屋に入ったことはない。
「ちょっとバタついてたから散らかってるけど。
……瑠璃とゆっくり話したいこともあるし」
会計と会計補佐の立場であることと、紫逢先輩が誰にでも親しいことが比例して、わたしたちは以前から仲が良かった。
だから。……彼と、付き合えたんだと思う。
「でもよかった。……泣いてなくて」
「……昨日、翡翠から連絡があったんです」
連絡と言っても、メッセージだけ。
時差もあるし、なにより自分の夢のために頑張っている翡翠のことを邪魔したくなくて、わたしから電話は掛けない。
それは向こうの生活を自ら充実させている翡翠にも言えることで、お互いに文面だけでやり取りしている。
そして元々連絡をサボりがちな翡翠からはあまり連絡が来ないから、リアルタイムでやり取りできる機会は少なかった。
「……わたし、何も言ってないのに。
いきなり『大丈夫?』って連絡が来て、」
寝る前に、少しだけ翡翠とやり取りをした。
泣いた理由は言えなかったけど、やっぱり弱音は見せられなかったけど、ぐちゃぐちゃな頭の中に向き合わなくて済んだ。
だから今日も、ただぼんやりと。
昨日あったことに靄をかけて、極力気にしないように、つとめているだけ。



