大丈夫だとは思うけど何かあったら困るから、電話は繋いだまま。
っ、ああクソ、着替えないと急げないなこれ。
「紫逢、貴方まだ話の途中、」
「後にしてください」
「いい加減にしなさい。
葛西の跡継ぎは貴方しかいないのよ?なのに、」
「だから何ですか?
大切な女の子が泣いている時に家を優先しろと?」
父親が倒れて、まだ意識が戻らないんだとしたら、さすがに俺もとどまったかもしれないけど。
もう父親の意識はもどってるし、倒れたからってこの先の寿命が短いと宣言されたわけでもない。
それなら俺の優先すべき相手はひとりだ。
「本気でそう仰るなら。
……俺は葛西の名前なんて簡単に捨てます」
「な、っ」
奥様がまだ何か言いかけていたけど、広間を出て一度自室に引き返す。
今日だけは足音を立てるのも許して欲しい。
簡単に着替えて、葛西邸を出る。
走った方がいいかと一瞬頭をよぎったが、学校まで若干の距離。絶対バテるし、車の方が断然早い。だから大通りでタクシーを拾って、公園のすぐ側で降りた。
「瑠璃……!」
「っ、紫逢、せんぱ、」
ほかに誰もいない公園。
ベンチで小さくなっていた彼女に慌てて駆け寄れば、背中に回される腕。きつく抱き締め返すと、彼女の瞳からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。



