そこから電車にのって、少し移動。
 花束は、将樹さんが持った。

「男の人で、花束持つのが平気って、珍しいですよね」

「ん? まぁ、平気ってわけでも、ないんだけどね」


 電車を降りて、歩き出す。
 向かっているのは、海岸沿いの、大きな公園。
 こんなところに、霊園はなかったはず。

「どこに、行くんですか?」

「颯太に会いに」

「海に、散骨したんですか?」

「散骨してやっても、よかったんだけどなぁ」

 そう言った将樹さんの視線の先、
 遠くのベンチ、そこに見えた背中に、私の心臓が止まった。

 間違いのない記憶。

 立ち上がって、ふり向いたその人は、
 本当に、写真から抜け出した男の子、そのまんまだった。

「遅っそい! なんだよ、呼びだしといて!」

「はは、そんなに怒るなって」

「なんだお前、その花束、なんでそんなもん、持ってんの?」

 将樹さんは、手にした花束を、颯太くんに強引に手渡す。

「お前のために、優しい兄ちゃんが気を利かせてやったんだぜ」

「はぁ?」

「じゃーん!」

 背中に隠れていた私を、将樹さんは、颯太くんの前に押し出した。

「これ、誰ぁれだ」

 私と目があった瞬間、
 お互いの息が止まったのが、分かる。
 颯太くんの顔が、どんどん私よりも早く、真っ赤に変化していく。

「え? あ、えぇ?」

「偶然、見つけた」

 片手で口を覆い、花束を抱えた颯太くんは、
 私を見下ろしたまま、動かなくなった。

「じゃあ、あとは任せたからな」

 そう言って、将樹さんはどこかに消えていく。

「え、奈々ちゃん? マジで? 本気で? 畑岡、奈々ちゃん?」

「そうです」

「本当に?」

 うなずいたら、颯太くんは、大きく息を吐き出して、ベンチに座り込んだ。

「うわ、びっくりした」

 そのまま動かなくなってしまったから、私は颯太くんの隣に腰を下ろした。
 彼はそんな私を、恥ずかしそうに、横目でちらりと見る。

 それから、言った。

「俺のこと、覚えてる?」

「うん、覚えてるよ」

 今さっき、思い出したばかり。
 鮮やかな記憶は、初恋の記憶と共によみがえる。

「実は、事故のあと、ちょっと、記憶が曖昧になってて」

「うん、聞いた」

「だから、まだ、はっきりと思い出せないことも、多いかもしれないけど」

「元気になって、こうして会えたんだから、それでいいんじゃない?」

 この人にとっても、私は初恋の人だったはず。
 夏休み、一緒に机を並べて手紙に書いた、
 プロポーズの言葉と、かわいらしい結婚の約束。

「俺は、あの後、すぐに引っ越しちゃったけど、ずっとずっと気になってて」

「怪我は? 颯太くんは、怪我をしてなかったの?」

「俺? 俺は、軽い擦り傷と打撲だけ。あの時の事故で死んだのは、誰もいなかったよ」

 ぽっかりと口をあけて見上げる私に、颯太くんは笑った。

「なんだよ、本当に何にも、覚えてないんだな」

 私が選んだ花束を、この人は私に差し出す。

「全く、あの兄貴は、後でシメとくけど」

 彼は、そう言ってにっこりと笑った。

「はいこれ、あげる」

 受け取った花束は、ほんのりと甘い香りがして、
 古くこびりついた記憶を、少しずつ溶かしていくみたい。

「俺は、ずっとずっと気になってて、忘れられなくて、
 引っ越してからも、中学になっても高校になっても、
 今までずっと、ずっと、忘れられなくて」

 颯太くんの横顔は、あの封印された写真たちと同じ。

「だけど、どうにかしないとって、ずっとそう思ってた」

 そんな彼の顔が、こっちを向いた。

「もし今、彼氏とかいなかったら、よかったら、連絡先とか、教えて欲しい」

 私は、花束に顔を埋めて、うなずく。

「またここから、始めよう」

 彼が差し出した手を、私は握る。
 私の、大切な初恋の記憶。

 握手のつもりで握った手を、彼はそのまま離してくれなくて、
 だけどそれを、ずっとそのままでいてほしいと、こっそり思っていて、
 私たちは手をつなぎあったまま、今と、これからの話をした。