後に、高校でマズローの五段階欲求と出合ったとき、俺はそのときの自分がどういう段階だったのか、京也がどこを見ていたのかなんとなく分かったような気がした。


自己実現の欲求がその時の俺にはなく、京也はあった。

そういう差だった。


『俺は武がベンチ入れるくらい強くなるようにって、練習一緒にやってたんだ。何今さら訳の分からないこと言ってんだよ』

『それは』

『チームに貢献したいから、強くなったんだろ?他の奴蹴落とす覚悟もないくせにチームに貢献しようなんて虫がよすぎるんだよ』

『………』


『あいつもそんな奴には抜かされたくなかっただろうな。俺も教え損だ』


それきり俺に背を向けた京也が振り返ることはなかった。けど、追いかけようとは思えなかった。言葉で何を言っても駄目なことは分かってたからだ。

それから、俺は京也の信頼を取り戻すために必死だった。また仲直りして一緒に頑張り始めたのは中学最後の夏。つらい練習さえ、自分を輝かせてくれた。

そうやってきた月日のなかで、京也の生き方に惚れてしまった自分が今もまだ心に燻っている。

だからこそ、俺には、ここまでくるまで分からなかった。


京也は、神様でもスーパーマンでもなく、普通の男子高校生だったことを。


「先輩?やっぱり具合悪いんじゃないですか?」


うるさい。

そう思ったが口に出しはしなかった。言えば完全八つ当たりである。でもその代わりに、


「大丈夫だ。独りにしてくれ」

と、甘えた言葉を口にした。


今日だけだ。

明日になったら、俺はこれからのことを決断しなければいけない。