「あー、全然気にしないで」


貴方みたいな野球部で騒がしいグループの連中のやることに、何らかの期待なんてしたことないから。

後半の部分は勿論私の胸の中だけの言葉。

ああ、私だけの物語はいつまで待っても始まらない。


「斎京也くんこそ、大丈夫?」

一応、そう聞いてみるのは、社交辞令といくか条件反射だ。


「えっ、フルネーム呼び?」

「あっ、ごめん。斎くん」


ヤバイ。心の内でフルネーム呼びだったから、何の抵抗もなくフルネーム呼びしてしまった。


「いや、別にいいけどさ。んじゃ」

そう言って頭を掻きながら、フラッとまた仲間の中へ戻ろうとする。


うん。本当に私にぶつかったことなんてどーでもいいんだな。


まあ、それもそのはず斎京也は甲子園行き決まったも同然のこの学校の野球部に所属している。

そんな今をときめく彼に、帰宅部で地味な私なんか見えてない。


まあ、私だって彼のことなんて見てないけど。


「京也、バカじゃーん。ぶつかっちゃって」


「うるせーよ、陽葵」

「うるさいのが私の取り柄なんですーっ」


そう言って斎京也に向かって舌をべーっと出して見せるのは、男女問わずみんな友達って感じの時田陽葵。

底抜けに明るい彼女は授業中でさえ口角が上がっている。

もしくは寝てる。

良い子だとは思うけど、私はちょっと苦手だ。


なんで笑ってるのか、よく分からないから。


「雪野ちゃんも、こいつのこと殴ればいいのにー」

「おいっ!」

おっと突然のフリ。


「じゃあ、次はそうする」


「マジかよ。木下さん」

………私、木下雪野は地味なだけに、普通にこういう軽いジョークで受け答えると、特に男子が驚く。


偏見だ。

地味だからってこのくらいのジョークくらい言えなければ、面白い小説なんて書けないに決まってる。

いや、言えたところで書けるわけでもないけど。

でもまあ、クラスの二大明るい人達が、突然私に話を振ってきたところで、私は困らない。


困ってはいけない。