斎京也が佐山武に連れ去られた後、再び図書室は沈黙した。


木下さんは、こちらをチラリと見て、僕と目があったことに自分で驚き、おずおずと笑顔を浮かべた。


僕はそんな彼女がたまらなく好きだ。

そんなこと彼女は微塵も知らないだろうけれど、もう随分前からそんな理由で図書室に通いつめていた。


彼女のおかげで色んな本を読むようにもなった。彼女の前ではタイトルで選んだものを借りるけれど、本屋さんでは彼女が読んでる本を買う。

彼女の読む本はどれも言葉が独特で、それでいて綺麗だった。


彼女、木下さんは僕の特別だ。


僕は基本女の子には優しくいるつもりだけど、そんなの関係なしに木下さんに優しくしたくなる。

でも、いきなりそんなこと言うのはいくら木下さんが変わっているからって、良いことではないだろう。

だから、

「これ、借りていい?」

と、今日は少し親しげに声を出して聞いてみた。僕としてはかなりの前進である。

「もちろん」

と、木下さんは僕の持つ本を受け取った。

ちなみに、僕のチョイスといえばタイトルで選んだもの以外は、大半木下さんが少し前に読んでいたものだ。

本当はもう数ヵ月前に買って読んでしまっていたものだけど、同時期に同じ本を毎回借りると怪しまれてしまいそうで、でも同じ趣味だと思われたくて、気がつけば木下さんの読んだ数ヵ月後に借りる習慣が僕のなかでできていた。

今日も木下さんにこの本を読んでますアピールするのを目的に、ある本を借りるのである。

木下さんは毎回僕の本を見て、口を開きかけて必ず閉ざす。

しかし、斎京也には感謝しなければならない。なぜなら、



「えっと、井上くん」


さっきまでの雰囲気に呑まれた木下さんが、初めて僕の名前を呼んだからである。