「でも、惨めってそんなに悪いことじゃない」


静かになった俺を慰めるように、井上は俺の頭に手をのせた。


「え?」

「いつも誰かと一緒にしゃべらなくちゃいけない。笑ってなきゃいけない。そんな縛りはないからね。惨めな人間は自分のために生きられるよ」


「なんだよ、それ」


「自分のために生きるのが心地よくなった時、初めてここで息が吸えた」


「………」



「僕は惨めな奴かも知れないけど、不幸だとは思わない」

だからそんな顔するなよと頭をたたいてくる。



それは俺が武に言いたかった言葉だった。



「何があったか知らないけど、ここが息苦しいくらいなら、自分の居場所に戻んなよ」

「それは………」

「京也!」


ガチャッと図書室のドアが開く音がして、武が俺を呼んだ。


「なんで…」

「靴箱にお前の外靴あったからな。帰ってないことはすぐ分かった」

「………」


それは考えていなかった。しかし、この短時間で図書室にたどり着くなんて、良い勘をしている。


「ほら、行くぞ」

武がズカズカこっちに来て、俺の腕を引っ張る。


俺は井上をチラリと見た。

井上は無言だったが、その瞳が言ってこいと言っているようだった。


井上には才能があるが、腕がない。


俺は才能はないが、腕がある。


誰かに教えてほしい。どちらの方が惨めで不幸なのか。


「…邪魔して悪かった」


俺は絞り出すように井上に言うと、井上は動く片手をヒラヒラと振って見せた。


「もう来ないで」


それは拒絶というより、そうなることを祈った言葉であったように思うのは、俺の自惚れだろうか。


とにかく俺はそれ以上待ってはくれなかった武に引きずられ、自分の居場所とやらに戻されたのだった。