井上奏太はそう言っているが、本当は言いたくないのだろう。
無理強いはしたくない。
私は首を振った。
「言いたくないならいい」
むしろ、今同情されて何か聞き出すなんて後味が悪いから嫌だ。
「そう?」
「うん。私と同じでどんなに難しくてもその人じゃなきゃいけない理由があるんでしょ?」
「そうだね」
微笑む井上奏太の目に木下雪乃はどのように映ってるんだろうか。
特筆するところのない彼女はどのように描かれてるのだろう。
知りたい。
でも、今じゃない。
不本意じゃなくて、どうしても言いたくなった時でいい。
その時は私も今日の私の話をしよう。
それまでは、
「じゃあ、なんとしても木下雪乃を説得するよ」
みんなの姉貴として、私の望んだ私として前を向こうと思う。
その後、ばったり帰りに木下雪乃と会った。
というような都合のいいことは、起こるはずもなく、相変わらず来る日も来る日も避けられている。
気がつけば、またクラスで学校祭について話し合う日になっていた。
「なー、一葉姉」
昼休みのクラス委員の打ち合わせの帰り、斎京也はそう切り出した。
「脚本どうすんの?」
筋肉バカと思われがちだが、彼も彼なりに考えている。そしてなかなかに痛いところを突いてくる。
でも、私の決心は固い。
「…私は木下雪乃に書いてもらいたい」
「んー、まあそうなんだけどよ」
歯切れの悪い相槌。言いたいことは分かる。だが、ここで安心ルートに切り換えるつもりはない。
「今日中に木下雪乃を説得する」
これは斎京也に言ったというよりは、自分の中のけじめみたいなものだった。
「それができなければ諦める」
「ん、分かっ___あっ」
前方の方へ視線を向けた斎京也は突然足を止めた。
「木下さん?」
その呼びかけに私も前に向き直ると、目の前に木下雪乃がいた。
まずい。聞かれていたか。


