その瞬間、木下雪乃のために心を砕く井上奏太に、どす黒い感情が芽生えた。
「………なぜ、木下雪乃なんだ?」
それは劣等感。
木下雪乃は言っては悪いが特筆するところのない普通の女の子だ。
対して、私は自分で言うのもなんだが、結構クラスのため、人のため頑張ってきたし、それが私の誇りでもあった。
しかし、私にはいないのに、木下雪乃にはこんなにも必死になってくれる人がいる。
きっとこの学校でここまで私のために必死になってくれる奴なんかいない。
どうして私はダメなのだろう?
その問いは傲慢だといつもの自分ならすぐに気づいた。
私の短所なんていくらでもあって、選ばれない理由なんてものもそれと同じくらいあるのだ。
しかし、その時の私は自覚する以上に心が荒んでいた。
「木下雪乃は嫌がっている。他に喜んで書いてくれる奴がいるなら、そちらに頼むのが普通だ」
「でも、木下さんの脚本の方が絶対いいよ」
「絶対なんて根拠があるのか?ないだろ」
我ながらひどい言い分だった。
自分だって数十分くらい前まで、木下雪乃の脚本でやりたかったと思っていたというのに。
「もう一度聞く。なぜ、木下雪乃なんだ」
もう自分のなかがぐちゃぐちゃだ。
「なんでって………言いたくない」
井上奏太は絞り出すように言う。その姿に自分が弱いものいじめしているような感覚になって、訳もなくイライラした。
「言いたくないって、何も教えてくれないんじゃ分かんないだろっ!!」
そして、いつのまにか井上奏太に怒鳴っていたのだ。
しかし、それは同時に悲鳴だったんだと思う。
井上奏太は一つ瞬きをすると、困ったような笑みを浮かべて、
「いとちゃん、なんかあった?変だよ」
そう言った。


